13:嫉妬深いカレ - 1/8

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「東眞いらっしゃ――――――いっ!!」
 飛行機から降りて、車に乗って向かった先は以前世話になった古城のような場所。そして晴れやかな声とともに東眞は歓迎を受ける。あぁんと下がった眉尻が特徴的な男性。
「ルッスーリア!」
 開かれた胸に東眞はぱっと笑顔になって飛び込んだ。否、飛びこもうとした。しかし、ぴたりと腕が掴まれていてびくともしない。ちらりと後ろを見やれば、XANXUSがしっかりとその腕を掴んでいる。ルッスーリアはその様子を見て、口元に手を添えてくすくすと笑う。
「もぉぅ、ボスったら!」
「…」
 何かが違うような気もしつつ、東眞は代わりに笑顔でルッスーリアに応えた。その後ろからひょいと懐かしい顔ぶれが姿を見せる。
「ふつー挨拶は王子が最初っしょ?」
 ね、とベルフェゴールはすいとルッスーリアの前に出てにかっと笑い自分から東眞に抱きついた。XANXUSがいくら片手を握っていたとしてもあまり関係がない。自分よりも少しばかり背の高いもしくはほとんど同じくらいのベルフェゴールに東眞は苦笑する。XANXUSに抱きつかれるよりかは随分と楽だが、やはり少々しんどい。
「ベル」
「なーんちゃって」
 冗談冗談、とベルフェゴールはXANXUSの一言で東眞から手を離して二歩ほど下がる。マーモンはルッスーリアの肩に乗ってその光景をじぃと眺めている。とりわけ何かを言うこともない。そこに騒がしい声が一つ入った。
「う゛お゛ぉおい!久し振りだなぁ!!怪我はもう大丈夫なのかぁ!?」
 大量の書類を片手に抱えてスクアーロが窓から顔をのぞかせている。ベルフェゴールが空気読めてねーとぼそりと呟いた。スクアーロがそれに気付くことなど当然のようになく、窓枠に書類を置いてひらりと手を振った。東眞はそれに手を振り返す。書類と東眞を交互に一度見て、スクアーロは少し考えて窓枠に足をかけて誰の制止もなくそのままひらりと飛び降りた。
 すたんと華麗に地面に降り立つ。そしてすたすたと笑顔で東眞に近づき、XANXUSの手の位置を見てにやりと笑う。
「でっけぇガキがもうできたみてぇだなぁ」
 旦那は誰だぁ、と軽く冗談を言う。しかし、勿論のことそんな冗談が通じるわけもなく、東眞のすぐ横を石が飛んでスクアーロの額に直撃した。ああ、と見慣れた(?)光景に東眞は苦笑してのけぞったスクアーロに視線を向ける。そして、
「てめぇ!!!」
 怒鳴ったスクアーロにXANXUSは視線を向けることなく東眞の手を引いた。XANXUSに抗議しようとするスクアーロをルッスーリアがどうにか宥めすかす。毎度の光景にマーモンはやれやれと肩を竦める。ぐい、と手をひかれて東眞はこけそうになりながら連れて行かれる。が、そこで声がかかって足が止まった。
「ボス!!!」
 御無事で!と逞しい声が響く。
 XANXUSはちらりと視線だけをそちらに向けた。ルッスーリアとスクアーロはしまったと顔を歪め、ベルフェゴールは楽しげにうししと笑っている。声の持ち主は言わずもがな。XANXUSは静かに告げる。
「―――――――レヴィ、任務はどうした」
「か、完璧にこなしました!」
 目をきらきらと輝かせている。何かを期待している瞳だ。XANXUSはそう言えば、SSランクの任務を一つ回したことを思い出す。
「…よくやった」
「有り難き幸せ!!!」
 どこの時代劇かと思わず尋ねたくなるような光景に東眞は目をぱちくりさせて、そして気付いたようにXANXUSにあの、と尋ねた。それに激しくレヴィが反応する。
「女!!ボスになんという口のきき方をする!!」
「え、ぁ…すみません」
 反射的に謝ったが、考えれば何故怒鳴られたのか分からない。彼の信望者なのだろうかとまで考えてしまう。それにベルフェゴールが謝ることないって、と笑う。他の二人もそれに倣って頷く。
「そーだぁ、謝ることなんかねぇぞぉ」
「今のはむしろレヴィが謝るべきね」
 女性に乱暴な口は駄目よ?とルッスーリアがなだめるようにそう告げる。しかし、レヴィにとってはそんなことは重要ではないらしい。その視線は一点に集中している。繋がれた手と手。片方は勿論レヴィが敬愛、心酔しているXANXUSのもので、もう片方は。
「貴様ぁあああああああああ!!!何故ボスと手を繋いでいる!!」
 放せ!とレヴィは東眞の手を払った。やはり反射的に東眞はすみませんと謝ってしまう。こんな勢いで言われたら、どうしても謝罪してしまうものだ。たたき落とされた手を申し訳なさそうに後ろにして東眞はレヴィを見上げる。何とも言えないほど高い。XANXUSも十分に高いが、レヴィはそれ以上の丈だ。レヴィはXANXUSを守るかのようにして東眞との間に割り入って、鼻息を荒くする。しかし東眞は気を取り直してやんわりと微笑む。
「はじめまして、桧東眞といいます」
 その対応にルッスーリアは大人だわぁ、と頷いて感心する。始めはルッスーリアに宥められていたスクアーロは立ち塞がっている巨体の後ろに視線を向けている。勿論、彼にはその背後で何がどうなっているかの予想は十分についていた。そしてこれからどうなるかも。
「ここでお世話になることになりました」
 お名前を聞いてもいいですか、と東眞はのんべりとした調子でレヴィに尋ねる。それに完全戦闘態勢だったレヴィも虚を突かれて、ついつい名前を言ってしまう。
「――――レヴィ・ア・タン」
「…レヴィさん、ですか」
 どれが名前なのかいまいちはっきりしないので、東眞は取敢えず一番初めに聞こえたものに敬称をつけて呼んだ。すると、少しばかり後ろからベルフェゴールが笑いだす。一体何事かと東眞が目を丸くしてそちらを振り返れば、腹を抱えて笑っている。
「…そいつ、さんって柄じゃねーし…っおかしすぎ!」
「まぁ、さんって柄ではないわよねぇ」
 ルッスーリアにまで笑われてレヴィはぐんぐんと赤くなる。そして、向けどころのない怒りをぎんと東眞に向けた。
「き、貴様これが狙いか!!」
「え!」
 いわれのない言いがかりに東眞は反応が出来ない。振り上げられた拳に咄嗟に庇うように両手を上げる。だが、いつまでたっても衝撃は来ない。そっとそちらを見てみれば、振り上げられた拳は背後からの手で止められていた。
「ボ、ボス…」
「…レヴィ」
 文字面だけ見ると、向かい合ってお褒めの言葉を待つという感じに見えなくもないが、現実は残念ながらそうではない。背後から放たれる殺気と鋭い赤にレヴィはぞっと背筋を冷やした。スクアーロはあぁ、とは、と息をはく。この後の光景は想像するに易い。
「この――――――カスが」
 たったその一言でレヴィの心はあっさりと折れた。綺麗な素敵な魅力的な音を立ててぽっきりと折れた。
 握りしめられていた拳は放心の余り力が抜けて掌を現す。がくがくと弁明の言葉を探しているようだが、見つからないらしく口が馬鹿みたいに震えている。ちっとXANXUSは後ろからレヴィを蹴り倒して東眞に向かって、来いと一言告げる。東眞は地面に両手両足をつけてうなだれているレヴィを心配そうに見やったが、スクアーロたちがいいから行けと言うので、随分と先に行ってしまっているXANXUSを追いかけた。
 地面に向かって俺がカス俺が俺がと繰り返し絶望をしているレヴィをスクアーロががしりと蹴る。
「そんな所でいじけてんじゃねぇ。通行の邪魔になるだろーが」
 と、何とも辛辣な一言を投げつける。ベルフェゴールもきもいと同様に冷たい一言。マーモンからは自業自得だねとの。そして、ルッスーリアも仕方ないわね、と笑った。
「あの子がこの間言ってた東眞よ。折角ボスといい雰囲気だったのに邪魔するから」
「…ボス、といい雰囲気…だとぉ…」
 地面の底から響いて来るような声にルッスーリアは不味いこと言ったかしらとスクアーロたちに視線を向ける。だが、四人ともさぁと肩をすくめるだけである。レヴィはゆらりと立ち上がり、その眼をぎんと光らせた。
「この俺を――――――…」
 ぽつりと落ちた言葉に三人は耳をすませた。
「この俺を差し置いてボスの隣に立つだとおおおおおおおおおおお!!!!許せん!!!しかもあんな普通の女がボスの隣に立っていいわけがない!!俺は断じて認めんぞ!!」
 以前にも聞いたような言葉に四人は白けた表情になる。
「別にてめぇが認める必要なんかねぇだろうが」
「懲りないわねぇ」
「てか、この俺をって何コイツ。自分がボスの隣に立てるとでも思ってんの?キショ」
「自意識過剰もここまで来るとうざいね」
 四人の冷たい返事も残念なことに打倒東眞に燃えているレヴィには届かない。一人闘志を燃やしているレヴィを見ていて嫌になったのか呆れたのか、はたまた愛想が尽きたのか四人はその場を後にした。レヴィを残したまま。