13:嫉妬深いカレ - 4/8

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 顔ぶれと言ってもそこにいるのはスクアーロとベルフェゴールである。ベルフェゴールに至ってはレヴィの顔を見た瞬間げぇ、と舌を出した。
「何でレヴィが東眞と一緒なわけ?」
 たっぷりの嫌悪を含んだそれに東眞は苦笑をこぼして、成り行きでと答えた。それにスクアーロはまるで見て来たかのように答えを言う。
「どうせボスがボスがとか言って、東眞にべったりだっただけだろぉ」
「うわっ、きも!」
 ベルフェゴールのいいようにレヴィは青筋を立てた。が、しかし怒鳴る前にさらに怒りを煽るようにしてベルフェゴールは東眞の手を引いてレヴィから引き離す。そしてキモさ感染予防!などと言って、ししと笑った。
「き、貴様!」
 拳を上げたレヴィにスクアーロは珍しく冷静に切り返す。
「レヴィ、てめぇいい加減にしろぉ。東眞、てめぇも迷惑だったらそう言えぇ、そいつはつけ上がるだけだぞぉ」
 スクアーロの言葉に東眞はちらりとレヴィを見たが、残念なことに言葉が通じるようなタイプには見えない。信仰者へ言葉を繋げることができるのはまさに神だけなのだ。この場合はXANXUSだが。かと言って東眞もXANXUSに言いたいわけではない。告げ口になるような気がする。そういったことは全くもって好ましくない。何と言うべきか、気分が悪い。しかし、ここにいる限りは必ず顔を合わせるわけだからこのままでいいわけもない。八方塞かもしれない、と東眞は内心溜息をついた。けれども実害はないのだから、当たり障りなく付き合っていけば問題もないだろうと東眞は思った。
「いえ、大丈夫ですよ」
 笑顔でそう返した東眞にスクアーロはそうかぁ、と眉根を寄せる。東眞はそれにはい、と答えた。
 その時にくぅと音が鳴る。音が鳴った方向に視線が行けば、ベルフェゴールが腹を押えて笑っていた。そして東眞にひょいと抱きつく。
「何か作って!」
 時計を見ればもう夕食時、腹が減るのも当然である。ベルフェゴールは東眞に強請る。それに苦笑して東眞は何が良いですか、と言いかけた。が、しかしその言葉は強い声で否定される。
「許さん!」
「…え、ぇと」
「許さんぞ!」
 腕を組んでレヴィは東眞に怒鳴る。一体今度は何を許さないのだろうかと東眞は考えながら、何がですかと問うてみる。レヴィはふんと鼻を鳴らしてびしぃと東眞を指差した。
「ボスの皿に怪しげな薬を混ぜようとてそうはいかない!俺がいる限りな!!」
「…」
 さしもの東眞もこれには絶句した。ベルフェゴールはレヴィの腹に鋭い蹴りを入れて、うっせーはげ!と悪態を告ぐ。しかし東眞はレヴィのあまりの必死さ加減に一歩引いた。
「…私、ルッスーリアの料理が食べてみたいです」
「えー王子、東眞の料理がいい」
 心底嫌そうな顔をしたベルフェゴールだったが、最終的には折れて椅子に腰かけてむすくれる。勿論そんなことの発端になったレヴィに蹴りを食らわせることを忘れない。東眞はベルフェゴールの肩を軽く叩いて、また今度、と言った。
 そんなやりとりをしていると、レヴィが後ろでやり遂げた顔をして笑っていた。それに腹が立ったのかベルフェゴールはナイフを五六本レヴィの背中に突き刺した。しかしレヴィはそれにもめげずに東眞に視線をやる。今度は一体どんな難癖をつけられるのだろうかと東眞は少々うんざりしながら次の言葉を待った。
「料理は部屋に運んでやる。戻れ」
「…は、い?」
 あまりの横暴な言葉に東眞も思わず言葉をなくす。一体どう返事をしていいのかさっぱり分からない。レヴィは勝ち誇った表情で東眞を見下していた。
「聞こえなかったのか。俺が貴様に料理を運んでやるから部屋に戻れと言ったんだ。ボスと席を共に食事をするなど言語道断!俺達の席に女は必要としない」
「…」
 ここまではっきりと拒絶されると反対に呆れてしまう。暗殺部隊と言うものは概してこういった存在なのだろうかと東眞は思った。彼らは確かに暗殺部隊だが、東眞にとっては一友人である。東眞ははっきりとレヴィに対して言葉を発した。
「友人と食事を共にしたいと思うのがいけないのですか」
「友人?ボスと貴様が友人だと!畏れ多いことを言うな!!」
「畏れ多いも何も、XANXUSさんはXANXUSさんです。それにスクアーロやルッスーリア、ベルフェゴール達にも本当に久しぶりに会いました。そんな久し振りの再会にレヴィさんは水を差すのですか」
 強い調子で反論した東眞にレヴィは一旦押されたが、ぎゅうと口を引き絞って怒鳴り返す。
「五月蠅い!貴様、我らが何者か知っての言葉か!」
 その質問に東眞はさてどう答えたらいいべきなのか一瞬答えに詰まる。そして、少しばかり悩んでからそれに返答した。
「私にとっては良き友人です。XANXUSさんは大切な人です」
「た―――――た、たい…っ!貴様程度がボスの女を名乗るなど許さん!」
「おい、レヴィ」
 スクアーロもいい加減にしろと声をかける。しかしレヴィは黙らない。
「本来ならば貴様のような一般人はここに立ち入ることも許されんのだぞ!」
「…レヴィ!」
 スクアーロが強い調子で制止をかけた。それから先はXANXUS以外が東眞に告げることは決して望ましいことではない。レヴィが自分たちが一体何であるのかということを口にするということは考えられないが。
 そもそもマフィアというものは自らマフィアだと名乗ることはない。それは沈黙、所謂血の掟、オメルタだからだ。それに関して心配はないのだろうが、いかんせん頭に血が昇ったレヴィは手に負えない。が、万が一ということも十分に考えられる。しかしスクアーロが聞いたのは予想外の答えだった。
「それはあなたたちが暗殺部隊だからということですか」
 そんな東眞の一言にスクアーロは目を丸くする。そして驚愕の瞳を東眞に向けた。
「な、何で…」
 スクアーロの驚きように東眞は反対に驚かされながら、すみませんと答えた。
「実は聞いていて」
「誰に」
「あの時箪笥の中にいたんです」
 あの時、というのがどの時なのかスクアーロにはぱっと頭に思い浮かばなかったが、それがようやく意識の上に登る。そして、ああ、と言葉を漏らした。そう言えばそんな会話もした。
「それで知ってたのかぁ」
「はい、盗み聞きはよくないと思ったのですが」
「ありゃ盗み聞きじゃねぇだろぉ」
 そう言ったスクアーロに東眞はそうですかと笑った。そんな東眞には一つ情報不足で確定に駆けている予測があった。それは彼らが東眞と同じ裏稼業の人物でかつイタリアであるということのから推測していることだった。しかしそれを口にするには何かと問題がありそうだし、相手から言わないのは何かしらの理由があることだろうから、東眞はいまだ口にしていない。時が来れば、相手が話してもいいとそう認める時が来たならばそれはいつか耳にするのだろう。その一つの単語があってもなくても、ここにいることに変わりはないし、彼らがそれによって変化をするわけでもない。
 東眞はそう括って、現状の問題に意識を向け直す。レヴィは相変わらず敵意を満たした視線を東眞に向けている。やはりこれ以上言っても無駄だと東眞はそう肩を落とした。東眞は仕方なく分かりました、とそれに返事をした。そして、くるりと踵を返す。ベルフェゴールが声をかけたが、すみませんと一つ言って東眞は扉を押す。何故だかとても疲れてしまった。
 舅姑問題を一度昼間のテレビで見たことがあったが、まさにこの状況ではないだろうかと東眞は溜息をついてはぁと頭を押さえた。一難去ってまた一難とはよくぞ言ったものである。

 

 XANXUSは机に置かれた料理と、前に座っている全員に目を向けて不機嫌極まりない表情で椅子に座っていた。あのスクアーロでさえも今は何かを発言するのを躊躇っている。東眞がこちらに来て初日、幸先の良いスタートを切れると思った矢先にこれである。重苦しい空気の中で、さらに重い声がただでさえ重たい空気をずんと震わせた。
「あいつはどうした」
 きた、とその質問にスクアーロは全身を硬直させる。レヴィは何もなかったような顔をして、表情を輝かせた。
「部屋におります、ボス」
 てめぇが引っ込ませたんだろうが、と腹の中でスクアーロは突っ込んで視線を逸らす。殺気とも呼べる不機嫌さ。怒鳴られるのはレヴィでも皿が飛ぶ方向は自分なのである。理不尽だ。今更だが。
「連れて来い」
「気分が優れぬと言う話ですが」
 ボス、とレヴィはしれりと嘘を吐く。気分を悪くさせたのもてめぇだとスクアーロは再度腹の中で呟いた。XANXUSはレヴィの一言に口を噤んでそのまま立ちあがった。その行動にレヴィは慌てて椅子から立ち上がる。
「ボス!どちらへ!」
「ついて来るんじゃねぇ」
 絶対の命令にレヴィはは、と返事をするしかなかった。スクアーロは頼むからこれ以上余計な真似はしてくれるなと扉が閉まった音に溜息をついた。