13:嫉妬深いカレ - 2/8

2

 ぐいぐいと腕をひかれて東眞はなすがままについていって、XANXUSはようやっとある扉の前で足を止めた。どこをどう曲がったのかは覚えていたので、取敢えずここがどのあたりかということは分かっていた。一枚の扉。XANXUSは少し強めに東眞を引き寄せて扉の前に立たせた。そして告げる。
「てめぇの部屋だ」
 そのまま東眞の後ろから手をのばして、ドアノブを回して軽く押せば中が開かれる。目の前に広がる光景に東眞は絶句した。
 レース。
 他に表現のしようがない。兎も角そこかしこにレースが多用されている。色が白なのは幸いか。何とも言えない光景だったが、東眞はきゅぅと胸が熱くなるのを感じた。
「その、」
 XANXUSさん、と続けて東眞はすっと斜め上を振り返る。かちあった瞳があまりにも嬉しくて、顔が自然とほころんでしまった。
「―――――――――有難う御座います」
「…てめぇは、『ファミリー』じゃねぇ」
 続けられた返答に東眞はゆっくりと耳を傾けた。ファミリー、すなわち家族ではないということだろうかと少しばかり胸が痛んだ。喜びがすとんと地に落ちてしまう。しかしXANXUSはさらに付け加える。
「だが、てめぇの居場所は俺の隣だ」
 そしてXANXUSは軽く東眞の背を押して部屋に押し込む。まるで不思議な謎かけに東眞は質問をしようとしたが、XANXUSはさらに言葉を乗せてそれを遮った。
「休め」
 振り返った東眞のその目元にそっとXANXUSの指が触れる。優しげな手つきで触れてくるその感覚に東眞は目を細めた。その指が名残惜しげに離されて、XANXUSは扉を外側から閉めた。
 一人取り残された東眞は触れられた目元にそっと手を乗せて空いた手で胸元を押える。そしてXANXUSが言いたかったことを考える。やはり彼はどうにも言葉が足りない。伝えたいことがあるのだろうが、あまりにもあやふやな形すぎて正確に読み取ることが出来ない。推測として、先程の休めは時差ボケで疲れている自分への気遣いだったのだろうかと解釈する。
 そうなのだろうと頷くことにして、東眞は再度部屋に目を向けた。レースレースレース。ベッドにまでフリルがつけられている。一体誰の趣味だろうかと思いつつ、勿論脳裏を光の速さでよぎったのはルッスーリアである。どう考えても笑顔でスクアーロやベルフェゴールがこの部屋を飾り付けたとは考えづらい。まぁそれはそれで大いに笑えるとは思うのだが。天幕がついたベッドもここまで乙女思考だと感心するところがある。東眞はこの部屋を飾り付けているルッスーリアの姿を思い起こしてくすりと笑った。
 時計を見れば、まだ眠いはずもない時間だ。しかし体は素直なようでうつらと瞼がずっくりと重くなる。ずしりと腰を柔らかなベッドに落とせば上半身はぐらりと後ろに倒れこんだ。
「――――――――」
 白いレースで飾られた天井を見上げながら、東眞は先ほどの言葉を反芻する。
『てめぇは、「ファミリー」じゃねぇ。だが、てめぇの居場所は俺の隣だ。』
 どういう意味なのだろうか。しかしと東眞は思う。彼が彼の隣が自分の隣だというならば、それを信じるだけなのだ。裏切らないとの言葉を信じる。だからまずは、不安はない。やがていつか、こちらから尋ねるか、それか向こうからこの問題を解決してくれる。今はまだ分からなくとも、それは所詮「今はまだ」なのだ。だから大丈夫なのだ。
 そう考えていると体の力が抜けていく。意識が次第に拡散して、東眞はそのまま目を閉じた。

 

 机上の書類を確認しながらXANXUSは一枚の紙を手にとる。それを眺めて、それからもう一度机の上に戻す。そこに入るぜぇ、と声がかかって扉が開けられた。扉が押し開けられてスクアーロが足を踏み入れる。そしてXANXUSに近づき、ひょいとその机の上を覗きこみ、へぇとにやりと笑った。
「ボスにしちゃぁ随分と遅ぇなぁ」
「用は何だ」
 そう言ってXANXUSはスクアーロに視線をようやく向けた。スクアーロはそれに気付いて、手元にあった大量の書類をXANXUSの机の上に乗せる。それは先程窓縁に置いていたものである。にやにやと達成感のある笑いを持たせながらスクアーロは口元を大きく吊り上げた。
「ようやく完成だぜぇ。有り難く拝みやがれぇ!」
 XANXUSはそれを無言で手にとって流し読みをする。だが、すぐさまそれを机の上から蹴り落とした。音を立てて目の前から落ちて行く書類にスクアーロは目を丸くした。
「な…っ!!!」
「汚ねぇんだよ。読めるか」
「ふざけんなぁ!てめぇが俺に無理矢理回してきた書類片付けんのにどれだけ苦労したと思ってんだぁ!!!」
「書き直せ」
 さも当然のように言われてスクアーロはわなわなと怒りで震える。しかしXANXUSは不機嫌そうにぎろりと睨みつけて、それを黙らせた。スクアーロは蹴り落とされた書類を渋々拾い上げ、そしてふっと思い起こす。
「そういや東眞はどうしたぁ?」
「寝かせた」
「…」
 その一言ににやにやとまた笑っているスクアーロにXANXUSはちっと舌打ちをする。書類を全て拾い集めて、スクアーロは曲げていた膝を伸ばす。
「随分と優しいこったなぁ、ボスさんよぉ。ところでいつ言うんだぁ?」
 それ、とスクアーロは机の上の書類を指した。XANXUSはそちらに目を落としてから、隣の書類に目を移す。返事がないのだがスクアーロは軽く無視をしてさらに続けた。
「ま、俺の心配することじゃねぇが、もう買ったのか?なんなら一緒に選んでやるぜぇ」
 ぴくり、とXANXUSの眉が動く。スクアーロは言い過ぎたことにはっと気付いたが、少しばかり遅かった。がんと頭部に鈍い衝撃が走って後ろによろめくこととなる。
「うっせぇ。無駄口叩く暇があんならとっとと片付けろ」
 少しばかり宙に浮かんだ時計をキャッチしてスクアーロは今度ばかりは自分の言い過ぎだったので肩をすくめた。そしてその時計をXANXUSの机の上に戻して、幸運を、と付け加えた。すると、出て行こうとした顔のすぐ横をテキーラの入ったグラスがひょんと飛んだ。