11:君に笑顔を - 5/7

5

 綱吉は目の前の光景が信じられなかった。は、と短い息を吐けば、それは身を震わせるだけの凍えに変わる。出来うることならば二度と会いたくないと思ってしまうその纏う空気。恐怖。憤怒。それらは苛烈を通り越したあまりにも静寂なそれであるために、より一層肌に直接降り掛かる。ごくりと唾を嚥下する速度が異常なまでに遅く感じられた。
「な、んで―――――…」
 こんな所に、と綱吉が言おうとしたことは背後から現れたスクアーロによって遮られた。
「なんでこんな所に糞餓鬼どもがいるんだぁ!」
「ス、ススススクアーロ!!」
 ひぃ!と、とうとう悲鳴がこぼれた。しかし、XANXUSはそれを相手にすることなく、その前を通り過ぎる。その通り過ぎようとしたところに、修矢が鋭く声をかけた。
「待てよ」
 XANXUSはぴたりと足を止め、視線だけをそちらに向ける。修矢はぎんと射殺さんばかりの殺気をその瞳に込めた。
「姉貴は面会謝絶だ。入るな」
 修矢の言葉にXANXUSは興味が失せたとばかりに視線を元に戻してドアノブに手をかける。無視をされて、修矢は長椅子から立ち上がってXANXUSの腕を鷲掴む。綱吉はその光景を見て、あああとわたわたと慌てるが、空間に入って行けるだけの状況整理がまだできていない。しかし、修矢はその手を慌ててパッと離した。見れば掌が少しばかり焼け焦げている。
 XANXUSは静かに、しかしはっきりと届く低音でそれに答えた。
「守れもしねぇ奴が、ほざくんじゃねぇ」
 その言葉に修矢はぐっと言葉を詰まらす。XANXUSはノブをまわして病室に入った。ぱたりと静かな音が終わった後に修矢は白い壁に拳をあてる。どん、と鈍い音がした。
「――――――――――っくそ!!」
 はぁと息を吐きだして頭をかく。そして、ふと背後の雰囲気が僅かに緊迫していることに気付いた。なんだと思って振り帰れば、そこにいた三名は何故か戦闘態勢に入っている。そして修矢はふと思う。
「知り合い―――――なのか?」
「え!し、知り合いって言うか…その」
 何とも言い辛そうな感じだったので、修矢は別に言いたくなかったらいいと付け加える。しかし、そのすぐ後にだみ声がその場を切裂く。
「う゛お゛ぉ゛お゛おい!餓鬼共、三枚におろされにきたのかぁ!」
「てめぇこそ、また十代目に…!!」
 隼人とスクアーロの会話だけで面会があったことはすぐに分かる。綱吉はわたわたと慌てながら、その目の前の光景と病室に入ってしまったXANXUSを交互に眺める。
「というかな、なんでXANXUSが、お姉さんの病室に?なんで日本に!?」
 それにはスクアーロが大声でそして何故か自慢げに答えた。
「何言ってやがんだぁ!東眞はボスの女だぜぇ!」
 一拍の間。そして次の瞬間その三つの声が重なった。
「「「XANXUSの女ぁ!!!?」」」
 隼人はひくと頬を引きつらせ、武はそうだったのなーと平穏に、綱吉は半ばパニック状態であのお姉さんがと繰り返している。そこに平坦な声がふっと場の空気を整えた。
「やっぱりそうだったのか」
「あ゛ぁ?てめぇ、あの時のアルコバレーノかぁ」
「不確定情報が確定情報に変わったわけだな」
 華麗に無視を決め込まれてスクアーロはむっと眉を顰める。リボーンはくるりと綱吉に向き返って、そしてさも当たり前のように告げた。
「ま、そう言うことだ」
「そう言うことだ、じゃないって!!!だってあのお姉さんどう考えたって!!」
 優しげな印象がある彼女の隣にXANXUSが並ぶということがまず想像できない。ザ☆不釣り合いベストカップルにでも認定されそうな勢いである。無理無理、と綱吉はぶんぶんと首を激しく横に振る。此処まで来ると似合う似合わないの問題ではなくなってくる。しかしそれ以上に。
「―――――――――…それに、あのXANXUSが…誰かを」
 綱吉の脳裏によぎったのは、憤りに満ちた声で吐き捨てられた言葉だった。

『気色の悪い無償の愛など!!クソの役にも立つか!!』

「愛することなんて、考えられない」
 愛そのものを否定した男の言葉は今でも耳に付いている。しん、と一瞬その場の雰囲気に沈黙が落ちた。綱吉はそれに気付いて慌てて手を振る。
「で、でも人は変わるって言うし!」
「…やっぱり、誰も愛したことなんてなかったんじゃないか。あの男」
 ぎん、と修矢はスクアーロを睨みつける。スクアーロはそれをはっきりと見返した。二人の緊迫した雰囲気を作り出してしまった張本人はただただ慌てるしかない。
「姉貴のことも、遊びなのかよ」
 がつがつと歩いて修矢はスクアーロの胸倉をつかみ上げる。まっすぐに睨み上げてくる瞳をスクアーロは静かに見下ろしていた。そしてゆっくりと口を開いて言い返す。
「―――――――――遊びなわけが、ねぇだろうが」
 スクアーロは修矢の腕を振り払わない。ただ、言い放つ。
「俺はあいつが一言であんなに一喜一憂する姿を見たことがねぇ」
 腕を振り払うことなく掴み取り、執着し。
「ボスの座以外に興味をもったあいつも見たことがねぇ」
 そして何よりも。

「女一人が怪我して腰を上げたあいつも―――――――――見たことがねぇ」

 誰かのために腰を上げる男では決してなかった。動くのは常に相手の方で、もしくは相手を動かせるかしていた。そんな男が動いた。動いてもいいと思わせるだけの女が彼女であるということなのだ。求婚はしていないにせよ、無理に手を出していないという事実も驚きである。
 修矢は視線を落してスクアーロの服を離した。
「悪かった―――…かっと、なった」
「それで、なんでこいつらがここにいるんだぁ」
 ぱし、と服を伸ばしてからスクアーロは綱吉たちに視線を向けた。修矢は学友とだけ短く答えて椅子に腰かけ直した。スクアーロも反対側の椅子に腰掛ける。置いてけぼりを食らった三人は顔を見合わせた後、椅子に座った。

 

 白い病室の中で機械の助けによって呼吸を繰り返している姿をみとめる。ごつりと靴を鳴らしてその表情を見下ろした。
 笑うこともなければ、ぴくりとも動かない表情。ただ繰り返される呼吸。
「―――――――――何してやがる」
 静かな病室にその声だけが響いた。
「起きろ、俺を失望させるんじゃねぇ」
 返事はない。規則的な機械音だけがそれに応えるようにしてなる。
 XANXUSは目を細めて、たてかけられていたパイプ椅子を引っ張りその上に座った。ごん、とベッド横の机に足を乗せる。手をのばして頬に触れる。温かいが、覚えのある頬よりもずっと冷えている。まだ瞳は開かない。XANXUSは口を閉ざした。静かな空間がまた戻ってくる。
 触れた部分が、ほんの少しだけXANXUSの体温で暖かくなっていた。