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綱吉は息を切らしながら走って京子の姿を探す。獄寺たちに電話をしたので、彼らも探すのを手伝ってくれてはいる。だがなかなか見つからない。
「…キョーコちゃん…っ」
一体どこに、という疑問ばかりが不安となって頭を過ぎる。黒曜の時のようなことになっていなければいいと願うばかりである。
「十代目!」
「ツナ!」
「獄寺君!山本!み、見つかった?」
反対側から走ってきた二人に綱吉は声をかけたが、二人は顔を顰めて首を横に振っただけだった。携帯も一向に繋がらず、無駄に電話が画面の上で揺れているだけである。綱吉の表情を捉えて、二人は肩を落とす。
「お兄さんからもまだ連絡ないし…本当にどこに」
「小僧!」
「うわぁああ!!」
突然声をかけられて綱吉は飛び上がる。慌てて振り返れば、肩で息をしているスーツの男がそこに立っていた。顔に入った大きな傷とサングラスをかけた大柄の彼に綱吉は勿論見覚えがあった。哲は乱れたスーツを正すこともせずに大股で三人に近づく。隼人がそれに対して身構えたが、哲がそれを気にすることはない。そして口元を一度拭ってから尋ねた。
「坊ちゃんを知らねぇか」
焦りの見える口調に綱吉たちは視線を互いに交わす。
「え…桧君?し、知ってる?」
「いや。見てないぞ」
「俺も見てねぇっす、十代目」
三人の答えに哲はそうか、と答えて息をついた。その時、其処場にいた四人に大きく声がかかる。
「沢田ー!!」
「お兄さん!―――――――と、キョーコちゃん!」
無事だったんだ、と三人はそれに駆け寄る。少し泣いたのか、京子の目元はほんのりと赤くなっていた。しかし来てくれた綱吉たちに微笑んで、探してくれてありがとうと告げた。綱吉はほっと胸をなでおろして笑顔になる。
「でも、無事で良かった」
「あ、あのそれでねツナ君。私早く警察を呼ばないとって…」
「警察?」
不穏な響きに綱吉は首を小さく傾ける。そこから先は了平が続けた。
「うむ。何でも橋の下で銃を持った男に襲われたらしくてな」
「じゅ、銃!?」
驚きを隠せない綱吉にもう一度頷いて、話はそのまま続けられる。
「何でもそこで女性に助けられたらしい。それと同じクラスの――――名前は何といったか」
「桧、桧君。一年生の時に同じクラスだったの」
「だそう
だ、という言葉は切羽詰まった声に消された。綱吉は哲に軽く脇に寄せられた。その大きな両手は京子の両肩を掴んでいる。
「あ、あの」
「貴様!京子になにをする!」
了平がその手を跳ねのけようとしたが、哲はそんなものは視界に入っていない。そして尋ねた。
「お嬢さん、それは一体どこの話ですか」
「ま、町はずれの橋の下、です」
哲はそれだけ聞くと踵をかえして走り出した。綱吉はあ、と声をあげてそして京子と了平に振り返る。
「お兄さん、キョーコちゃんはお願いします!」
「十代目!?」
答えを聞かずに綱吉は哲の後を追いかける。大柄の男の背中はやはり大きく見失うことはない。ただ、速い。先程まで走り続けていたので、体力がそろそろ尽きそうである。その両脇の足音に綱吉ははっと気付く。見れば、隼人と武がにっと笑って一緒に走っていた。
「二人とも」
ぽつりと言った綱吉に二人は一つ頷く。
「十代目だけに危険な真似はさせません!」
「桧は俺の友達でもあるからな!」
だから行こう、という言葉に綱吉は力強く頷いて哲の背中を追った。
ごっとXANXUSの足が銀色の髪を蹴る。スクアーロはいてぇ!と叫んで後ろで椅子に座っているXANXUSを睨みつけた。
「いちいち負けるごとに蹴るんじゃねぇよ!」
「うるせぇ!」
XANXUSの手元にあるDSには負け、という文字が記されている。対してスクアーロは勝利の文字。
「大体なぁ、てめぇはゲームが弱すぎぃぐ!」
「もう一戦だ」
どれだけ負けず嫌いなのだ、とスクアーロは蹴り飛ばされた頭を押さえながらくすんと涙する。勝ったら蹴られるし負けたら馬鹿にされるのでこの男とは心底ゲームをしたくない。大体本人が勝つまで続ける辺りが一番嫌なのだ。かといって大人しく負けてやるということは自尊心が許さない。
XANXUSはそんなスクアーロの内心を知ってか知らずか(間違いなく無視している)机に置かれているグラスから酒を一口飲む。飲んだグラスをもう一度机の上に置いて。
動きを止めた。
突然奇妙に静かになった背後にスクアーロは怪訝そうに振り返る。
「どうしたんだぁ、ボス」
もう一戦やらねぇのかぁ、とゲーム機を軽く振る。XANXUSは暫く考えてから、なんでもねぇ、と加えてゲーム機のコンテニューボタンを押した。
男の足はまるでダンスか何かを踊っているかのようにふらふらと舞って、それからその場に足から崩れ落ちてびくびくと震えた。腹を打ち抜かれて痛みで悶えているようだったが、あの出血ではそう長くは持たない。東眞は手にしていた銃をホルスターに戻した。そして修矢に歩み寄る。修矢はげほ、と一つ血を吐いて東眞を見上げた。
「―――――ね、き…」
「頑張ったね」
怒るわけでもなく追及するわけでもなく、そのただの一言がすっと胸に浸透していく。だから自分は姉が必要なのだと感じてしまう。その何気ない一言に溢れる優しさに触れるたびに凍えて冷え切った心が優しいものになる。何よりも誰よりも大切な、だから。
うん、と言いかけて修矢は東眞の背後でした音を耳にする。からりと刀が持ち上がる刃が石をなでる独特の音。大きな影が、ゆらりと上っていた。姉貴、と大声をあげようとしたが痛みで体がその瞬間的な動きを邪魔した。
たった、その一瞬だった。
その、一瞬だったのだ。本当に。頬に散った赤い液体に、修矢は目を大きく見開いた。