09 :Sei unica. Sei unico. - 5/6

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「ね、ほらほら見て頂戴!」
 ルッスーリアが携帯を振って小指を立ててドンとつきだす。スクアーロはそれにクッキーをつまんでいた手を止めて、あ、と目を移す。
「…東眞からのメールじゃねぇかぁ」
「そ!ボスと仲直りしたみたいね!」
 よかったわ!と喜び跳ねるルッスーリアにスクアーロはふっと大人びた表情で笑み、入れたてのコーヒーを手にかけた。そこに扉がすっと開かれる。誰かと目をやれば、その噂の人物。にたぁとスクアーロは笑って、その場に立ち上がった。
「う゛お゛お゛ぉぃボス!!!俺のおかげだなぁ!!」
「あ?」
 部屋に響いたスクアーロのだみ声にXANXUSは当然のように顔を顰める。スクアーロはいつものようにそれに気付くことなく、コーヒーを持ったままかつかつとXANXUSに近づいていって、ぽんとその肩に手をのせる。きらっ☆と何ともイイ笑顔で笑って、そして告げた。
「俺に感謝しただろぉがぁ、ボスさんよぉ?」
「黙れ」
 XANXUSはスクアーロの手にあったコーヒーをかっさらい、そのままスクアーロの顔に直撃させた。あまりの高速っぷりにスクアーロも防御を忘れてそれの直撃を華麗に受けた。あちいいいいい!という悲痛な叫びが部屋に響き渡る。しかし誰もそれに気を払うことなく、椅子にどしっと腰掛けたXANXUSにわらわらと近づいていく。煩わしいと思いつつもそれを追い払うことはせずにXANXUSは目を瞑る。
 XANXUSの座った椅子に凭れかかってマーモンを腕に抱えたベルがボスボス、と話しかける。
「東眞いつくんの?もう迎えに行くの?」
「迎えに行く」
「あら!やっぱり卒業式まで待つのねーっ…もうロマンティックだわ!」
「なら後一月程だね」
「ボス!」
 声を上げたレヴィにXANXUSはそっと視線を向けた。レヴィはおお!と感激に打ち震えつつ、しかしはっと思いだして慌てて拳を握り締めた。
「そのお
「任務だ」
 何かを言う前にXANXUSはレヴィに一枚の紙をひらりと渡す。XANXUSは向けていた視線を元に戻して、机の上に置かれていたクッキーを手に取る。そして静かに告げた。
「できたら褒めてやる」
「おおおおおおおお任せ下さい!!!」
 SS、ときっちり書かれた任務書をぐしゃぐしゃに握りしめて燃え滾るレヴィ。しかしそのXANXUSの仕打ちに文句を言うものなど誰もいない。多少ルッスーリアが気の毒そうな視線を向けたくらいだった。レヴィが鈍重よろしく部屋を走り去って行って、部屋はまた静かになった。と、思われたがコーヒーに悶え苦しんでいたスクアーロが復活してまた部屋は騒がしくなる。
「何しやがる、てめぇ!」
「うっせぇ。カスは黙って這いつくばってろ」
 その言いようにスクアーロは頬の筋肉を数回引きつらせて、ぎりっと歯を鳴らす。
「そのカスに助けて貰ったのはどこのどいつぶふがっ!!」
「黙ってろっつったんだよ」
 このカスが、とXANXUSは続けた。
 スクアーロの顔面には白くて大きな丸い皿がめり込んでおり、皿と顔の隙間からはぱらぱらとクッキーが落ちていた。そしてぐらぁとスクアーロの体が背後に大きく揺れて、倒れかけたかと思われたがどうにか堪えたようで、顔から落ちた皿をキャッチした。  このようないわれのない暴力を受けるいわれは自分にはない!とスクアーロは心の中で涙した。レヴィならば喜んで受けるだろうが(それもどうか)自分はこんなことを喜ぶような性質では決してない。ぎりぎりと唇を噛みしめたが、ぎんと鋭い両眼に射すくめられて、スクアーロはしぶしぶながら口を閉ざした。扱いなれないパソコンまで駆使して(それは駆使とは呼ばない)頑張ってやったのにと思いつつ、皿を机に戻す。
「きったねー。戻すなよ」
「うるせぇぞぉ!!」
 ベルフェゴールの一言に苛立ちを逆なでされつつスクアーロは負けじと怒鳴り返した。たいしてルッスーリアはXANXUSに平和的に話しかける。勿論返答も平和的である。
「ボス、東眞の部屋とかはどうするの?」
「…部屋?」
 一拍の間にルッスーリアはまさか考えてなかったのかしらと思いつつ、そうよと優しく続ける。
「だって東眞はここで暮らすことになるんでしょ?それだったら東眞のための部屋も必要じゃない?女の子はプライベートルームってのが必要なのよ」
「…」
 無言の間は考えているという意味なのだろうが、ルッスーリアはひょっとしてと思ったことをそっと口にする。
「…まさか、ボスの部屋と共同とか……だったりするの?」
「駄目か」
 駄目にきまっている。
 XANXUSの一言に全ての心が一つなってそう答えた。無論それが口に出されることはなかったが。ルッスーリアは怒りを買わぬように、極力最大限の注意を払いながら小指を立てる。
「別に構いやしねぇだろうが」
 構う、と率直に言いたいのだがそれを率直に言ったのでは、椅子に座す男は立ち上がって部屋に戻ってしまうだろう。その時は哀れな鮫よろしく自分の顔の眼鏡もたたき割れらることを承知しなくてはならない。
「でも東眞も女の子なんだし、着替えとかボスに見られるのは恥ずかしいと思うのよね」
「裸見られる以上の恥ずかしさなんてあるか」
 しっかり剥く気のXANXUSにルッスーリアは少々デリカシーという単語を学んでほしいとそっと思った。全くわけが分からないという感じなのだが、ルッスーリアもめげずに頑張る。
「それにボスの裸を見るのも東眞は恥ずかしいと思うのよ。気不味くなるかもしれないし」
 さらに畳みかけるようにしてルッスーリアは続けた。
「ボスの部屋って執務室に直接繋がってるでしょ?ひょっとしたら、任務報告に来た誰かが間違って扉を開けちゃうかもしれないわよ?」
 そんな間違いはどう転んでもあり得はしないのだが、そこを強調してみる。案の定XANXUSは考えるようにして、ぴたりと黙った。それにルッスーリアは勝機を見出して、もうひと押ししてみる。
「自分の部屋があるって、何だか家族同然ってことで東眞は喜んでくれると思うんだけど」
 今度こそXANXUSの返事が途絶えた。本気で考え込んでいるようだ。そこに何故かスクアーロが口を挟む。いらない真似はしないで頂戴!とルッスーリアは切に願うものの、それが届くことは星の光が届くほどに遠い。
スクアーロははっと笑った。
「やることやんならそっちでやれぇ。俺は最中の声聞くのはごばぶっ!」
「……用意する」
 最後のひと押しはスクアーロだったわけだが、ルッスーリアは今度ばかりは地面に沈んだスクアーロを哀れに思った。口は災いのもととは本当によく言ったものだ。
 グラスを口から生やして絨毯に倒れているスクアーロにルッスーリアはそっと十字を切った。

 

 カレンダーの日付に一つバツをつけた東眞を哲はひょいと見つけて、小さく笑った。それに気付いて東眞はわぁと肩を驚かせる。
「…あー、これは」
「そういうことでしたか」
「…そういうことです。迷惑おかけしました」
 恥ずかしそうに笑う東眞に哲はすっと目を細めて、いいえと答えた。そしてさらに続ける。
「もう一月もないですか」
「はい。修矢に話していなくて正解だったと思います」
 ポケットの中にチェックを入れたマジックを入れて、東眞は困ったように笑った。哲はカレンダーを覗きこんで、同様に肩を落とした。
「でしょうな、ぬか喜びをさせるところでした。しかしもう一度話はされるのでしょう」
「勿論です。修矢は―――――…もう、私がいなくても平気だと思っています」
 すっと東眞は視線を上げた。
「私がいなくとも、哲さんがいます。それにあの子は人の優しさに気付く子になりました」
「自分もそう思います。ただ、」
 言い澱んだ哲に東眞は首をかしげる。哲は眉間に軽く皺を寄せた。
「ただ、坊ちゃんはお嬢様程強くはない。これは勿論精神面の話です」
 一旦言葉を区切り、哲はカレンダーに向けていた目を東眞に向けた。
「坊ちゃんが安心して弱音を吐けるのは―――――お嬢様、貴女だけになのですよ」
 その言葉に東眞は僅かに表情を陰らせた。そしてカレンダーに一つつけたバツ印にそっと指を乗せた。