08:理解不能行動不能再起不能? - 4/4

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 座布団に座って、机の上には煎餅がことりと置かれている。そして目の前には茶が三つ。
 流される様にして家に踏み込んでしまったわけだが、かなり泣きたい気分になる。今すぐ裸足で逃げ出したい!綱吉は向かいに座って、武からプリントやノートを受け取る東眞にちらりと背を向けた。その視線に気付いたのか、東眞は朗らかに笑って、どうかしましたかと一言。
「な、な、なんで、で、でも…ないです…っ」
「お姉さんは桧のお姉さんなんっすか?」
 山本!と綱吉は心の中で叫んで、どうして話を長引かせたのかという絶望に涙した。しかし、武がそんなことに気付くわけもなく、笑顔で質問をしている。東眞は笑顔でそれに答えた。
「はい。修矢が小学生の時にこちらに養女として迎えていただきました」
「にしてはすっげ仲良いですよね。この間なんて瞬間移動かと思ったんすよ」
 こんな微妙な話題に余裕でついていける天然が羨ましいと思ったことはないと綱吉は心の中で泣く。隣に座っている隼人は武器から手を放そうともしない。東眞はそれに気付いたのか、隼人に声をかける。
「よかったらどうぞ」
「…平気っす、お構いなく」
 その一言に東眞がぷっと笑う。綱吉は場の雰囲気を一気に崩すその笑いに目を見張った。慌てて隼人に目を向けたが、綱吉の心配は的中とばかりに爆弾に着火準備完了。ひぃ!と声をあげて綱吉はそれを止めようとする。東眞は平然と続ける。
「すみません。なんというか、男の子だなぁと…思って。修矢がそういう振る舞いはしなかったから」
 何だか新鮮で、とまた肩を笑わせる。隼人はそれを見て、すっと爆弾から手を離した。そして東眞はすっと目を細めて、優しく言う。
「修矢を宜しくお願いします。無愛想なところもありますけど、いい子なんです」
「あ、は、はい」
「有難う御座います」
 眼鏡の奥の瞳がやはり優しいものなので、綱吉はどこかほっとする。蜂の巣覚悟で来たのだが、これならどうにか蜂の巣にならずに済みそうだった。と。  その時、お嬢様?と襖の外から声がかかる。

お嬢様ぁ!!???

 時代錯誤な呼び方に嫌な予感が綱吉の背中を駆け上がる。東眞はどうぞと返事をしたので、襖がすっと開かれた。それは道ですれ違ったあの強面の。
「―――――――――――――――っっひ、ぁう、わ」
 意識が遠のいていくのを感じて綱吉はぱったりと倒れた。十代目!と隼人は慌ててその体を支える。ツナ?と武は白目をむいてしまった綱吉に目を見開く。
「どうされました」
 す、と哲が敷居を乗り越えて足を踏み入れたものだから、隼人は警戒心を一気に剥き出しにして爆弾を取り出した。目の前に構えて目にも止まらぬ速さで着火。そして宙に放り投げた。
「!」
 東眞は瞬間的にホルダーの銃に手をかける。だが、哲の反応の方がもっと早かった。机の上の茶をつかみ、そしてそのまま導火線を走る爆弾にぶちまける。じゅ、と音がして火が湿気て消えた。しかし哲はそれらが畳に落ちる前に導火線を同様に机上の果物ナイフで空中で切り落としていく。そして導火線を失った爆弾はぱたりと地面に落ちた。すっと哲の朗らかだった瞳が一気に鋭くなる。
「――――――――――餓鬼共、返答次第では容赦しねぇ…っ」
 びり、と走った殺気に東眞が慌てて立ち上がる。
「哲さん、この子たちは修矢のお友達です」
「坊ちゃんの…?」
「はい。沢田さんが倒れたので獄寺さんが慌てただけですよ」
 だからそう怒らないでください、と東眞は哲の懐に差し込んだ腕にそっと手を乗せる。哲はちらりと三人をよく見た後に、はいと答えて手をおろした。
 東眞はそれから三人によって、大丈夫ですかと声をかける。気絶していた綱吉もぱちぱちと頬を軽く叩かれて目をパッと覚ました。そして哲を見て、またこれでもかと言うほどに目を大きく見開く。その様子を見て、東眞はふっと笑う。
「安心してください。哲さんは顔こそ怖いですが、中身は怖くありませんから」
「…お嬢様、自分はそこまで怖い顔をしているつもりは…」
「顔に一文字の傷があったら普通の方は驚きますよ」
 しかもそのサングラス、と付け加えると哲はそうですかね、と自分の傷をさする。
 綱吉はその光景を見て、慌ててすみませんと謝った。隼人も何故だかバツが悪くなって、すんませんととりあえず謝る。 東眞はその謝罪に、いいえと答えた。そして、哲に向かってところで、と尋ねる。
「――――――――修矢が学校に行ってないそうですが、学校をさぼって何をしに?」
 ぴりっと走った怒りに哲はあぁと視線を泳がせたが、笑顔の怒りにはかなわない。観念してお嬢様の大学に、と続けた。
「私の?」
「ええ、叱らないでやってください。お嬢様を思ってのことです」
「…すみません、やっぱり心配をかけさせたようですね」
 視線を落とした東眞に哲は平気ですかと声をかける。東眞は落した視線を上げて眼鏡の奥で微笑んだ。目元は赤く、やはり痛々しいものがあったが。
「もう大丈夫です、ご心配おかけしました。晩御飯も頂きます」
 話の展開についていけていない並盛三人一人がすんませーんと手を挙げる。それに東眞ははい?と優しく答えた。
「お姉さん、どっか悪いんですか?」
「小僧」
 哲が武の質問にきっと睨みつけたが、東眞はそれを制し、苦笑してそれに答えた。
「遠距離恋愛でちょっとした問題抱えただけですよ」
「遠距離?ひょっとしてガイジンっすか?!」
「イタリア住まいの方で」
 イタリア人かどうかは知らないので東眞はそう答えておいた。それにへぇと武は笑って、頑張ってくださいと言った。東眞は一瞬目を丸くしたが、すぐにそれを細めてはい、と答えた。しかし、すぐにイタリアと言う単語に顔を蒼褪めさせている約一名に気付く。
「どうかされましたか」
「い、いえ…が、頑張ってくださいね!お、俺も応援します!」
 嫌な、というか確実に不吉な予感を禁じ得ないまま綱吉は引きつった笑みでそう誤魔化した。
 三人を見送って東眞は玄関先で待っている哲に振り返った。哲は静かな、けれども穏やかな瞳で東眞を見ている。その口がゆっくりと開いて音を作る。
「お嬢様はやはりお強い」
 その言葉に東眞は瞳を細めて、風に髪を流す。
「今回は情けない姿を見せてしまいました」
「お嬢様でも泣かれることがあるのかと、私は驚きましたよ」
 心配もしましたが、と続けた哲に東眞は笑った。そして隣を過ぎながら、玄関を上がる。足を止めて、東眞はそのままの姿勢で小さく口元に笑みを浮かべる。
「こんな後味の悪い終わり方なんて――――――――嫌ですから」
 その言葉に哲は動きを止める。東眞は少し俯き加減だった顔をまっすぐにする。
「好きなら好き、嫌いなら嫌い、憎んでいるなら憎んでいる。でも、何も分からないままはっきりしないままなんて消化不良は、嫌です。我儘なんですよ、私」
 とても、と笑った東眞に哲はそうですか、と優しく返事をした。

 

 冷たい路地のコンクリートの壁に背を凭れかけさせて修矢は手の中で光る画面を見つめていた。そして通話ボタンをポチリと押す。まさかこんな所で姉に教えられた電話番号が役に立つなど思ってもみなかった。とぅる、と電話が鳴るのを耳にしながら、相手が出るのを待った。

 

 ごとんとなる酒瓶が落ちる音。部屋の外でスクアーロたちはそれが何本目かと数えて溜息をついた。
「これで三十本越したぞぉ…」
「いくら何でも飲み過ぎよねぇ…体に悪いわ」
 扉を開ければ間違いなく大量の酒瓶が飛んでくる、いやひょっとしたら炎が飛んでくる可能性もあるので、ルッスーリアたちは心配しながらも蚊帳の外で溜息をつくしかなかった。
 帰国してからというもの、執務室で酒を浴びるように飲んでいる。何も腹に入れないのは当然体に悪いし、寝ないのだって問題だ。徹夜は確かにざらではないが、それでもこういうやけ酒に徹夜は良くない。かと言って止めに入るだけの勇気もない。入室した瞬間に灰になったなど笑えない。とはいえども、この酒びたりの状況も最悪だ。
 何があったのかさっぱり分からない。東眞との間に何かがあったのは確かなのだろうが、双方に確かめるというものは酷というもの。首をひねるしかない。ああ、と溜息をついたその時だった。ぴるり、と突然鳴った携帯音に視線が一気に集中する。スクアーロは慌てて懐を探り、震える携帯を忌々しそうに睨みつけて耳に押しあてた。
「誰だぁ!こっちは今忙しいんだぁ!!」
『誰が忙しいだと、この若白髪』
 聞き覚えのある声にスクアーロは目を丸くする。この声は、あの時のブラコンよろしく刀小僧。
 スクアーロの表情に周囲は了解してその耳を一斉に携帯に近づけた。正直な話ここまで密集すると気味が悪い。だが状況が状況なのでふざけている場合ではない。
『単刀直入に聞く。アンタんとこのボス、姉貴に何した』
 何をしたなどと、こちらが聞きたいところだ。
 ひくりと頬を引きつらせたスクアーロだが、それが携帯の向こうに伝わるわけもない。続けられた声に今は耳を傾ける。
『姉貴が、泣いたのなんて――――…俺は初めて見た』
「…こっちだって大変なんだぞぉ。帰って来るや否や部屋半壊にされた上に、今じゃ酒浸りだぁ」
 ぶつりときちんとスクアーロは文句を言う。頭に直撃させられた酒瓶は以前よりも三割り増しの速度だったように思う。任務報告は任務以上に命がけだ。
『そんなこと俺の知ったことじゃない。俺が言いたいのは、もう姉貴に関わるなってことだ。俺は姉貴を泣かせたり悲しませたりするやつに傍にいて欲しくない』
「んな一方的な話があるかぁ!ボスだってらしくもなく自暴自棄になってんだぞぉ!」
 思わず叫んだスクアーロはルッスーリアに慌てて口を押えられたが、時すでに遅し。ぎ、と地獄への背後の扉が重い音を響かせて開いた。当然そこには一人の男が立っている。
 目の下の隈。眉間に寄った大量の皺。手にぶら下げられている酒瓶。だらしなく崩れさせられたシャツ。部屋から香るは思わずうっとなるほどの混ざりに混ざった酒の香り。
 スクアーロは顔面の筋肉を硬直させて、口元を歪ませた。
「そ、そのこれはだなぁ…い、いや俺からかけたわけじゃねごっ!」
 XANXUSはスクアーロの頭を蹴り飛ばしてその手の中から携帯を取った。そして一寸見つめた後に耳に押しつけた。
『―――――――――アンタだな』
 XANXUSは返事をしない。電話向こうの声は静かにしかし明らかな敵意を向けている。
『姉貴にもう関わるな。これ以上姉貴を悲しませるな』
「知るか」
『俺はな、初めっからアンタのことは歓迎しちゃいなかった。でも』
 言葉が一瞬区切られ、そしてまた再開される。

『姉貴が嬉しそうだったから、黙認してたんだよ』

 酒瓶を口元に添えてXANXUSは動きを止める。
『アンタからのメールが電話が、連絡があるたびに見たこともないような嬉しそうな顔してた。あれだけ―――――――姉貴は、アンタのこと好きだったのに!どうして、姉貴を泣かすような真似したんだよ…っ』
 好きだった?誰が誰を。
 XANXUSの思考は一瞬停止する。裏切られたのはこっちだと、回復した思考がそう叫ぶ。
「なら何故電話にでねぇ。切った」
 好きならば何故あの時電話を切った。裏切るような真似をした。
 ふんとXANXUSは小さく笑った。
「俺の目がとどかねぇからって他の男に尻振るような女だったか。見込み違いだったわけだ」
『―――――――――――…っ!最低だな、アンタ。なら、アンタは身に覚えが一つもないっていうのか。アンタの電話を毎日心待ちにしていた姉貴が、アンタの電話を切らなくちゃいけないほどの理由に』
「あるわけがねぇ」
 そう言いきったXANXUSに電話は答える。
『アンタの行動はアンタが思ってるような意味じゃないことだってある。何でもかんでも伝わるなんて思いあがってんじゃねぇよ』
 電話向こうのその言いようにルッスーリアたちは身を震わせた。そしてスクアーロは自分の携帯の末路を知った。そんなこちらの状況などお構いなしに電話は続ける。
『本当に、ないなんて言いきれるわけがないだろうが。そんなこと言ってる時点でアンタは姉貴を傷つけてんだよ』
 ぷつり、と電話は予告無しに切られた。そしてスクアーロの携帯は直後見事に握りつぶされた。ああ、とスクアーロはがっくりと肩を落とす。そしてそこでようやくほかの連中がその場から消えていることに気付いた。はっと顔を上げると、そこにはXANXUSが。
 視線を下に落としているが、その体から発されている滲み出ている怒りは肌を震わせている。やばいと思った瞬間には額に携帯の残骸が物凄い速度で直撃した。痛いと思う間もなくスクアーロは銀色の髪をなびかせてそして倒れこんだ。
 そしてXANXUSは開けた扉にまた足を踏み入れて、扉を激しい音を立てて閉じた。