07:電話の向こう - 3/5

3

 哲は用事で今回の訓練には付き添えないということで、東眞は一人的に向かって撃っていた。始めに比べれはその腕は随分と上達したように思う。体の的から銃弾が外れることはなくなった。文句を言うならば、もう少し致命傷に確実に当てるようになりたいところである。
 東眞は息を吐いて銃をおろした。分解し、組み立てる作業の時間を計る。無心でそれをしながら、終了させ時計を見て、また再開する。そんなことを数十回繰り返して東眞は手を止めた。こうやって何かをしていると、頭から考えたくないことが抜ける。組み立て終わった銃に銃弾を補充し、ホルダーに入れて東眞は静かに佇む。  あの電話を受けてから、二週間ほど経った。初恋は実らないものとはよく言ったものである。自嘲して東眞はホルダーを隠すように上着を羽織った。今でも思い出せば確かに悲しいが、人の心というのは癒えるものだ。もう分かっていたことだったとは言わない。分かっていても自分は本気だった。XANXUSという男を本気で好き「だった」。
 す、とホルダーから銃を取り出して、東眞は的に向かって構える。
 後ろを向いてぐだぐだしていても、何も得られることはない。それならば前を向いて、涙を止めて、そして次の一歩を踏み出すことが大切だ。自分はきっとまた誰かを好きになる。誰かに恋をする。XANXUSを好きになったというこの気持ちを、後ろ向きに考えてはいけない。とても、とてもこれはいいことだった。素敵なことだった。両想いはベストかもしれないが、恋が破れたからと言ってそれまでの気持ちが悪いということはない。踏み出せ。
 ちゃっと銃口を固定した。

「立ち止まるな」

 そして引き金を引いた。銃口から回転しながら飛び出た弾丸は、珍しく的の心臓部を打ち抜く。東眞は銃をホルダーにしまい直す。
 自分は生きている。今ここで。二本の足で立ち、歩き、話し、笑い。それらを彼らが、彼が自分に与えてくれた。暇つぶしが終わった彼に自分から連絡を取るのはただの煩いを与えるに過ぎない。そして自分も彼を振り返るべきではない。諦めたこの道を与えたのは彼だからそれに恥じぬよう、たとえそれが彼の気まぐれだとしても、真っ直ぐに歩いていく。

 彼は過去。私は次を見つめる。

 もうきっと会うこともないのだろうけれども、もしまた出会うことがあれば、その時は笑顔で会いたい。そして友人としての関係をできるならばつくりたい。人は決して一つだけの関係ではないのだから。尤もその可能性は0だろうが。
「ただ、まだ」
 声を聞いたら泣いてしまうだろうな、と東眞は小さく笑った。
 心の整理は、まだ完全には付いていない。頭で考えはある程度まとまっていても、まだ心が付いてけていない。携帯にたまったベルフェゴールやスクアーロたちからのメール。返信ができるようになるまではまだ少し時間がかかりそうだ、と東眞は思った。

 

 スクアーロはふと紙に何かをに描いているベルフェゴールに気付く。不思議に思って、スクアーロは声をかけた。
「何してんだぁ?」
 そう言って覗きこむと、そこには30から1の数字が書かれていた。
そしてベルフェゴールは30を赤いペンで消した。
「東眞が来る日までのカウントダウン。王子あったまいー!」
 にっと笑ってベルフェゴールはスクアーロにその紙を見せつける。右斜め上には似ているとは言えない東眞の似顔絵が描かれている。確かこの間張り合ってかいた奴はXANXUSに燃やされたことを思い出して、スクアーロは眉間に一つ皺を寄せる。
「後一か月かぁ…もう少しだなぁ」
「こっち来たら何してもらおっかなー」
 指を折って考えているベルフェゴールにマーモンが、どうせ毎日いるんだからと口を挟む。そう言うとベルフェゴールは紙を裏返して、箇条書きに自分の希望を書いていく。一つ二つと増えていく願いにスクアーロは笑った。そして自分もペンをとり、その下に書き込む。
「あいつの役目はボスを毎朝起こすことだぁ」
「そういえばスクアーロ、君今日も酒瓶頭に衝突させたんだって?懲りないね」
「お゛お゛おい!!それは俺のせいじゃねぇぞぉ!!」
「耳元で怒鳴んなよばーか」
 ベルフェゴールは耳を押えて口を尖らせる。そしてまた紙に文字をつづり始める。
「王子と一緒に遊ぶだろー、それからお菓子毎日作るってのとー」
「気を付けねーとボスに殴られるぞぉ?」
 あの独占欲の強い男のことだからと思い、スクアーロはははと笑った。そこでベルフェゴールが思い出したように言った。
「そーいやさ、最近東眞から返事ないんだけど」
「…言われてみりゃ、俺もねぇなぁ」
 先週あたりに一通メールを出したが返事が来ていない。何時もならば一日二日で返事は来るというのに。時差と任務の関係もあって、電話もかけていない。今かけようにも、日本での時刻は丑三つ時。どう考えても寝ているだろう。
「電話もかけれねーなぁ…」
「は?スクアーロのくせして東眞の電話番号知ってんの?王子さし置いて何してんだよ」
 むっと苛立ちをあらわにしたベルフェゴールにスクアーロはにやっと勝ち誇った笑みを向ける。
「てめぇに教えると時間関係なくかけんだろうがぁ。お子様にゃ教えてやらねぇ!」
「…ムカつく」
「う゛お゛お゛ぉい!やんのかぁ!!」
 好戦的な色をあらわにしたスクアーロにベルフェゴールはナイフを取り出したが、途端、ベルフェゴールの目の前にはスクアーロではなくXANXUSの靴が現れた。スクアーロは見事に蹴り飛ばされて、床と熱いキッスを交わしていた。
「うるせぇよ」
「…いい加減にし
 ろぉ!と叫びかけたその声はルッスーリアの手に阻まれた。もごもごと叫んでいるがどうにもならない。ルッスーリアはごめんなさいねぇ、と笑いながらスクアーロをずるずると引っ張っていく。
 そしてXANXUSが腰をおろしたソファから少し離れたところでスクアーロを叱りつけた。
「ちょっと!もうちょっと考えて頂戴!!」
「な、何がだぁ?」
 あまりの剣幕に文句を言おうとしていたスクアーロは反対に気押される。ルッスーリアは腕を組んでXANXUSの方をちらりと見やる。
「もうっ。ボスに東眞からのメールが来てないのくらいわからないの?」
「…何でだぁ」
「アタシたちに返信が来てないのに、ボスにだって来てないかもしれないじゃないの」
 それくらい察しなさい!と注意をしようとしたときに、すでにスクアーロの姿はそこにはない。ルッスーリアは慌てて周囲を見渡せば、スクアーロはXANXUSが座っているソファに近づいている。その光景にさっと血の気が引く。
「ス
「なぁボス!」
「…ああ?」
 そしてスクアーロは悪気のかけらもなく尋ねた。

「東眞からメールが来てねぇって本当かぁ?」

 悪意のない質問と言うものほど性質が悪いものはない。ただ、普通であれば悪意がない故に怒ることができないが、相手はXANXUS。普通ではない。
 ベルフェゴールとマーモンは少し離れた所にいるルッスーリアの傍に避難した。スクアーロは無言になったことにも気付かずにXANXUSの肩をぽんぽんと叩く。
「まぁ気にすんなぁ!あ、ひょっとしたら男でもできてんのかもしれねぇなぁ!!」
 勿論慰めるつもりの冗談である。スクアーロはベルフェゴールが作った紙をXANXUSに見せた。
「ベルが作ったんだぜぇ。後一か月かぁ…そしたらメーぇご!!」
 ル、と続けようとした言葉は見事にXANXUSの拳で消えた。XANXUSは腰かけていたソファから立ち上がり、痛みで悶えているスクアーロの腹に膝をぶつける。そして息をつめたスクアーロを踏みつけて乗り越え、そしてそのまま無言で部屋を出て行ってしまった。
 動かなくなったスクアーロにルッスーリアが恐る恐る近づいて声をかける。
「ほんとにデリカシーに欠けてるわねぇ…」
「自業自得ってやつじゃねーの。ばーっか」
「逆鱗に好んで触れるなんて信じられないね」
 三人の罵倒を耳にしながら、スクアーロは半泣きになりながらうるせぇえ、と呻いて返した。