06:日常の私とあなた - 3/6

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 レヴィ・ア・タン。
 ヴァリアー主要メンバーの一人で、「レヴィ電撃隊」の隊長を務める男。仕事熱心で残酷な性格。任務であれば女子供であっても容赦はしない。ちなみに好きなのはボスの褒め言葉。
 そんな彼は最近自分一人だけ疎外感を受けているような気がしない。
 約一月半程前、任務から帰ってボスの褒め言葉を頂戴しようと思っていたのに、いつもと何故か違う雰囲気。任務報告を終了させて、さぁお言葉を!と思っていたのだが、返って来たのは次の任務の紙だけだった。一体ボスの身に何が起こったというのだろうか。ボス(自称)親衛隊たる俺がこのボスの異変に気付かないわけがない。
 レヴィは難しい顔をして、椅子に腰掛ける。
 そう言えば、ルッスーリアが絵葉書を書くようになったことにレヴィは気付く。
 ルッスーリアは女らしいところが多々見られるが、葉書を出すなどというそんな姿は今まで一度も見たことがなかった。その上、あのデリカシーのかけらもないスクアーロが任務に行った帰りに絵葉書を数枚購入したという驚愕。これは一体どういうことだと頭を悩ませながら、ぴくぴくと顔の筋肉を引き攣らせる。
「これは一体どういうことだ…?」
「何がどういうことなのさ、レヴィ」
「む、マーモンか」
 うんうんと唸っていたレヴィにマーモンがひょいと話しかける。レヴィはできるだけ手短に(もともとそう長い話でもないのだが)事の次第をマーモンに話した。話が終わるとマーモンはぽつりとレヴィに告げる。
「理由、知ってるよ」
「な、何!お、教えてくれ!!」
「そうだなぁ…そう重要な情報でもないし、Aランクの報酬五倍で手を打ってあげてもいいけど」
 まるでマタドールの牛か何かのように鼻息を荒くしたレヴィをマーモンはしれっとあしらう。レヴィはぐぐぐっと口を一文字にきつくきつく引き絞る。マーモンは追い打ちをかけるようにしてそっと優しく語りかける
「この僕がAランクの報酬五倍なんて破格の値段だと思わないのかい、レヴィ」
「む、むむむ…」
 悩んでいる所に、ルッスーリアがひょいと現れて、ソファの背もたれに両肘をついてレヴィを見やる。そしていつものようにおねえ言葉で話し始める。
「もーそんな風にいじめてあげないのよ」
「む、知っているのか、ルッスーリア」
 ぱっと顔をあげたレヴィにルッスーリアは小指を立てて頬に添える。そして勿体ぶるような間をあけた後にレヴィに衝撃の事実を告げた。

「ボスに、 コ イ ビ ト ができたのよ」

 その一言にレヴィの思考は停止する。一体何を言っているのだろうかと、鈍重な頭で考えた。そしてルッスーリアの言葉を反芻する。
「こい、び、びと…こいびと……恋人だとぉおおおおおお!!!」
 驚きの余り立ちあがったレヴィにルッスーリアはその両耳を塞いで唇を尖らせて抗議する。
「もうそんなに喧しくしないでチョーダイ。デリケートな私の耳が壊れちゃうわ」
「ルッスーリア、折角の金づるを横取りしないでくれよ」
「そう言わないのよ。レヴィだけ知らないのはかわいそうじゃない」
 全く、と溜息をついたマーモンにルッスーリアは小さく肩をすくめて笑った。
 しかしレヴィは今それどころではない。全身から冷や汗を垂れながし、危ない人間よろしく恋人恋人と繰り返す始末である。
目元の皮膚がぴくぴくと動いている。
 ルッスーリアは笑いながら、衝撃が強かったかしらとまるで他人事のように笑っている。その一言で我を取り戻したレヴィはルッスーリアに詰め寄る。
「い、一体どんな女なんだ!!!」
「そーねぇ」
 問い詰めに考えながらルッスーリアは数拍置いて返答する。
「とってもいい子よぉ。笑顔がとっても素敵なの。レヴィが任務の時に丁度ここにいたんだけどね。ボスと一緒にショッピングに行ったり、アタシたちとお菓子作りもしたんだから」
「彼女、誰かに何かを教えるっていう才能はあるかもしれないね」
 マーモンはそう付け加えて、ルッスーリアの肘の隣にすいと足をおろした。そして、なかなか楽しかったよ、とマーモンにしては珍しい感想をつけた。
 ルッスーリアは笑いながらレヴィに絵葉書をちらつかせる。
「私もこの間の任務の帰りに新しいの買って来たのよ。綺麗でしょ」
「む、むむ…っし、しかしそれでな、なななぜボスと…?もしや同盟ファミリーのご令嬢か!」
「違うわよ。彼女は日本人。アタシたちコーサ・ノストラと似たような系統のところの養女だそうよ」
「…そんな女が、ボスの恋人だと…?」
「そんな女なんて失礼ねえ」
 ぷんとルッスーリアはレヴィの言葉に頬を膨らませた。しかしその言葉はレヴィの耳まで届いてはいない。そしてがたんと椅子を倒して立ち上がった。
「俺は断じて認めん!!!」
「別にレヴィが認める必要性なんてどこにもないと思うけど」
 レヴィの叫びにマーモンは冷静かつ的確な突っ込みを入れるが、猪突猛進型のレヴィにそれは通じない。ぎちぎちと両の拳を握りしめてレヴィは一点を睨みつけている。そしてきっとルッスーリアに向かった。
「写真はないのか!名前は何だ!!」
「人の恋人を詮索するなんて野暮のすることしないのよ」
「ボスが心配ではないのか!!その女にだまくらかされている可能性もあるんだぞ!!」
 その言葉にマーモンとルッスーリアは互いに顔を見合せて肩を竦めた。二人の反応にレヴィは眉間にぎちぎちと皺を寄せる。
「どちらかっていうとボスのほうが騙してるって感じもしないではないわよねぇ」
「ベルから聞いた話でも随分強引だったみたいだしね。僕としても彼女に早くこっちに来てほしいところだよ」
 珍しい賛辞にルッスーリアはあらどうして、と尋ねる。マーモンは一つ溜息をついて、それに答えた。
「彼女がいる間は、ボスの暴力そうひどくなかっただろう。スクアーロは同じだったみたいだけどね」
 隊員に被害がないのはいいとマーモンは括った。確かに一時など肉一つで一個小隊半殺しにさせられた記憶はまだ新しい。
 ルッスーリアはそうね、と半笑いでそれに答えた。
「俺の話を聞いているのか!!」
いい加減に無視をされていることに腹を立ててレヴィは怒鳴り散らす。
「聞いてるわよ、もう。名前は東眞よ。今はまだ日本にいるわ」
「そういや、ボスの誘いを断ったんだって?勇者だね」
 からかい混じりの言葉にルッスーリアは肝を冷やしたわ!と体を震わせる。
「ボ、ボスの誘いを断っただと…ボスの命令は絶対だ!!!なんて女なんだ!!!」
「大学を卒業したいんですって。ホントにまじめな子よね」
「ボスは騙されている!!」
 どこをどうまがったらそういう結論にたどり着くのか一度聞いてみたいところだが、こうなったレヴィを止められるのはもうXANXUSしかいないことはよく分かっている。
 ルッスーリアとマーモンは首を横に振ってその場を後にした。一人残されたレヴィは体をわなわなとふるわせて拳をその腿にたたきつけた。
「おいたわしやボス……っ」
 ぐすりと鼻を啜りあげる。
「そんな女に騙されて朝も昼も夜も!一日中考えておられるのですね…今俺が、目を覚まさして差し上げます!!!」
 余計な御世話だと忠告してくれるような親切な人物は、当然その部屋にいなかった。

 

 XANXUSは携帯を開いて、ぽちぽちと操作をする。ある名前の所まで来て、通話ボタンを押した。ソファに深く深く凭れかけて、静かになるコール音に耳を傾ける。二三回コール音がすれば、それが途切れた。
『はい』
 電話の相手が出た。暫く黙っていると、朗らかな声が返ってくる。
『XANXUSさんですか』
「ああ」
 嬉しそうな声が、電話を通して伝わってくる。無理矢理でも連れてこれば良かったかと今更ながらに少々後悔した。
『元気にしてらっしゃいますか。怪我はされてませんか』
「ああ、してねぇ」
『この間ルッスーリアから絵葉書が来たんです。カナル・グランデの日没のだそうです』
 スクアーロをヴェネチアに任務に行かせたことを思い出しながら、ああとXANXUSは返事をする。電話の向こうの声が楽しそうに跳ねている。
『綺麗でした。XANXUSさんもヴェネチアに行かれたことはあるんですか』
「ああ」
『カナル・グランデの日没は見られましたか』
「ああ」
 静かに返事をして、人差し指と親指の腹をすり合わせる。
 単調な会話がひどく心地よい。目を細めて、もう一度ああ、と返事をした。
「――――――――行
 くか、とと言いかけた丁度その時、扉が大げさに開かれて、思わず通話終了ボタンを押してしまった。当然電話は切れて、つーという無機質な音しか返ってこない。
 どこのどいつだ、と殺意がふつりと湧く。
「ボス!!!!とんでもない女につかまっているというは本当ですか!!!!」
 目に涙を大量に溜めているレヴィが扉の下に立っている。XANXUSはゆっくりと、音もなくゆらりとソファから立ち上がった。
「ボ、ボス…」
 感激に涙を潤ませているレヴィ。それをXANXUSは冷たい目で見下ろした。
 そして。

「この、カスが」

 ボスううううううう!!!という悲惨な声と、扉やら壁やらが破壊される音。それを聞きながらルッスーリアとマーモンは紅茶を片手にケーキを食べる。
「早く東眞のケーキ食べたいわねぇ」
「僕らでもミルフィーユを作れるようにしてくれるんだから本当に大したもんだよ」
「あ、でも日本のお菓子も食べてみたいわ!」
 今日も平和なお茶の時間。

 

 東眞は突然切れてしまった電話を不思議そうに眺めて首をかしげる。
「…急な用事でも入ったのかな」
 突然電話が切られるということは今まで一度もなかった。だがXANXUSから電話が久し振りにかかってきたということが嬉しい。
ふふと東眞は笑ってカレンダーを眺め、そしてパソコンに向かって腕まくりする。卒業論文の完成まではもう少しである。
「よーっし、気合い入れて頑張るぞ」
 と、キーボードに手を置いた。