心配性の - 2/2

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 マルコ、と呼ばれた男は呑んでいた酒瓶から口を離して、声を掛けてきた仲間へと視線をやる。
「イゾウ」
「哀愁に浸りながら酒かい」
「いや…もう、あいつの所についてる頃かと思ってよい」
 飲むかとマルコは杯を取ってイゾウに渡す。受け取られた杯に酒をなみなみと注ぎ、マルコ自身も手にしていた瓶をグイと大きく傾けた。中に空気が入る代わりに、液体が胃の腑へと落ちる。程良く酒が体に回る。
 ふぅと息を吐き出して、マルコは海へと視線を向けた。このどこかに、ミトは居る。そんなマルコを隣で眺めながら、イゾウはぷは、と笑った。
「アニキは心配ごとも多い、ってやつか。ヴィグも心配性だったなァ」
「そうだない…レオルのやつも馬鹿みたいに心配してたよい」
「あいつの心配性は筋金入りだったな。心配症と言うよりもただの親馬鹿だった気もするが。ヴィグとお前はしょっちゅうミトの奴に振り回されてたじゃないか。尻尾引き抜かれて大騒ぎしたことあったなー…」
 イゾウの言葉にマルコはふっとその光景を思い出して、咄嗟に尻を押さえる。相当痛かった記憶がある。頬が引き攣ったのを見て、イゾウは腹を抱えて笑い出す。全く笑いごとではないのだが。
「あんなに小さかったのによい」
「おれたちも若かったけどな。オヤジにも髪があった」
「あったあった。ミトの奴がぐいぐい引っ張って、オヤジも大変そうだったよい」
 本当に迷惑しか掛けない子供だった。十前後の子供はからから良く笑って遊んで手を焼かされた。
 まさか、とマルコは小さく笑いながら酒瓶をくるくると揺らす。波の動きに合わせて船も穏やかに揺れる。
「あのチビが、戻りたい場所があるって言うとは…驚かされたよい。それもクロコダイルときた」
「心配かい?」
 にたと笑って杯が突き出され、マルコは空になっていたそれに酒を注いだ。そして、そうだないと頷いた。悪いようにはしないだろうけれども、多少心配は残る。
 彼女の海賊団が壊滅してから数年。それから海軍に在籍した間、ミトに何があったのか詳しくはマルコも知らない。気まぐれに白ひげ海賊団に訪れることはあったものの、彼女の実生活についてはほとんど知らない。男と二人(ではないだろうけれども)一つ屋根の下。女っ気、否、男っ気は無いからこそ、どうするのだろうと不安になる。嫌がる女に行為を強いるような真似をしないだろうか、とか、ミトは友人だと言っていたが、相手はどう思っていることやら。もう一つ釘を刺しておいた方がよかっただろうか。
 うんうんと唸り始めるマルコにイゾウは乾いた笑みを零す。
「そんなに心配しなくても」
「別にそこまでは心配してねェよい!…あいつは馬鹿だから、取り返しのつかないこと仕出かさねェか…」
 心配してるじゃないか、とイゾウはそっぽを向いて笑いを押し殺す。ヴィグと揃って全く、心配性である。ぶふっととうとう笑いがこらえ切れなくなり、イゾウは笑い転げた。それにマルコは笑うんじゃねェよい!と怒鳴る。尤もあまり効果は無い。
 ヒィヒィと笑いながら、イゾウは目尻に浮かんだ涙を指先で拭う。
「ミトももういい年だ、マルコ。そんなに心配しなくても、自分のケツくらい自分で拭くさ」
「…そりゃ、そうだけどよい」
 酒瓶を揺らし、中のアルコールを揺らしたマルコは眉間に軽い皺をよせて、うんと唸った。そんなマルコの背をバンと強く叩いて、イゾウは大きな声で笑いながら体を揺らした。
「それにあのミトだ。嫌だったら嫌で、クロコダイルもただじゃ済まないさ」
「…まぁ、そうだない。ん?そういや、あいつの連絡先しらねぇよい」
「手が空いたらまた遊びに来るさ。ひょっとしたら、ガキ連れてくるかもしれねぇな!……ぁ、いや、ただの可能性の話で…マルコ?」
 ばりんと酒の瓶が割れる。ぼたぼたと落ちて行くアルコールの液体をイゾウは頬を引き攣らせながら、震えるマルコに手を伸ばす。だが、それが触れる前にマルコの背中から青い炎が上がった。
「み、見てくるよい!!!子供なんてまだ早いよぉおおおいい!!」
「マルコぉおおお!!お前、ミトの居場所知らないだろ!!!」
「止めンなよい!イゾウ!!」
「止める止める!!落ち着け、マルコ!!」
 ああもう!と真青な、それは顔色もそうだが、青い焔を纏っているマルコにイゾウは溜息を零しながら、それを必死に止めた。そんな馬鹿馬鹿しい光景を眺めながら、ビスタやジョズたちの古参の仲間はやれやれと笑いを零しながら、酒を飲み交わす。
 ゆらりと海はそんな彼らを穏やかに眺めていた。