Como e Lavinia - 1/12

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 今日も死体の解体をする。跡形も残さず、まるで牛を捌くかのごとく包丁を滑らせ肉と骨を断絶する。筋肉の部位、神経の位置、臓器の在り方。それら全ては、死体を捌いている人間の頭の中に入っていた。どの神経を切断すればどの筋肉が動かなくなるのか、どの臓器からどのホルモンが分泌されればどうなるのか、それら全て、一切合財である。電動のそれで、腕からむき出しにされた骨を切断する。ぎぎぎと骨粉を血液が押さえながら飛びちった。白い皮膚に粘着した液体と固体が付着する。
 ありとあらゆる死体で試したことを、この死体でもまたしようとは、それを処理している人間は思わなかった。データも結果も、必要なものは全て頭の中に納まっている。これ以上一体何が必要なのであろうか、その人間には分からなかった。しかし、つまらないと、その人間はぼやく。人の血液でどす黒い色に染まった白衣、今は黒衣と呼ぶべきか、それを纏ったまま、分解された肉塊を傍にあるドラム缶に液体を散らしながら放り込む。じゅわ、と景気の良い音が上がった。肉が必ず溶けけきるだけの分量を的確に淹れられたドラムから弾ける音を聞きながら、それを眺める。何の感慨もない表情で、それを眺め下す人間はまるで人形のようにすら見えた。
 面白くない。
 そう、その人間は思っていた。真っ白で糊のきいたぱりっとした白衣を身にまとい、数値化されたデータを眺めつつ、上質の実験体をまじまじと観察していたあの頃。懐かしき、あの頃。鼻腔になじんだ殺菌の香り。殺菌消毒完備の注射器。最新の技術、機械。それを思い起こし、その人は軽く溜息を吐く。腐った肉の処理は本当に飽きた。書物以上のことは一切ない体ばかり捌いたところで、面白味の欠片もない。毀れた腕を長靴で踏めば、ぐにゃりとだれた肉の感触が靴底から伝わって、脹脛、膝を通過していく。人、男は、否、疲れた顔の少年と青年の間の年頃を思わせる面をした年頃の男の子は緩やかに踏んでいた腕から足を持ち上げ、それを手に拾うと二つ目の容器に放り込んだ。見事にぼとんと落ちる。じゅわり。耳に聞きなれた浸食の音が鼓膜を揺らす。
 培養液につけられたあの物体は。そう、青年は思い返す。今頃生きていないのだろうと。ボンゴレファミリーによって破壊の極みを見た研究所はまるで更地のような状態であった。幸い己は幼く、頭脳は一流であっても、そのメンバー表に名が載せられることはなく、そのために見逃されたといっても過言ではない。青年はそう考えた。培養液につけていた卵子と精子から作り上げた究極の人殺しのためのマシーンなぞを生かしておくほど、ボンゴレも甘い組織ではあるまいと青年は思考を巡らせる。惜しい。惜しくて仕方がない。あの研究は、あの研究成果は。
「世界に認められる兵器であったのに」
 ただ、そればかりが惜しまれる。頭でっかちの元研究員がいくら殺されようとも一向に心は痛まないが、ただただ、あの生物兵器が破壊されたと思うと胸が痛む。しかし、壊されたものをいくら嘆いたところでそれが再生されることはない。覆水盆に返らず。惜しまれる。なんとも惜しまれる。
 今日の客は後どればかりだろうかと青年はどぷんと最後の足をドラム缶に放り投げ、壁に取り付けてある時計を見上げた。今時アナログ時計などはやらないのかもしれないが、時計の針がこちんこちんと長針、短針、秒針の三本で現時刻を知らせていた。今日もそろそろ一日が終わる。何も面白くない一日が、終了の鐘を鳴らす。面白くない。死体を跡形もなく蒸発させる薬品の開発も、もうつまらない。面白くないのだ。数年も前に開発して、しかしやはり面白味が感じられず、今では昔ながらの手法に頼り、ゆっくりと溶けていく様を観察する。そちらの方が幾分か面白さも感じられるというものである。
 ぼんやりと椅子に腰かけていると立て付けの悪い蝶番が音を立てた。青年の視線が向いた先には金髪の二人組がいた。一方は髪が肩まで掛るほどの長さであり、もう一方はがっつりと切り込んだ男であった。髪の長い方は手にしていた黒く閉じられた袋を青年の足元に放り投げた。青い目をした男が青年に声をかける。
「これ、宜しく頼む」
 床に落ちたそれはぐちゃりと何かが混ざったような音がした。彼らが死体遺棄を頼みに来るとは珍しいと青年は思う。何しろ、彼らは死体を残すことに意味があるのだから。かといって死体を遺棄する側にそれを逐一とうような人間はいない。それは青年もまた同じであった。首を突っ込めば、突っ込んだ首をねじ切られるのは目に見えている。だが、青年は投げられた袋の口を開いた瞬間に言葉を失った。それは、肉片であった。肉片と骨片が無造作に詰められたような中身である。青年は喉を震わせた。そして、問うた。この社会での法を、青年はこの場において捻じ曲げた。仏頂面の中の二つの瞳が期待で輝く。
 青年は身を乗り出した。見開かれた瞳は歓喜に満ち溢れていた。
「どこで!誰が!」
「…答える義務はないな」
「単純な好奇心だ」
 青年の言葉に一度は素っ気ない返事をした男は、隣に立っていた短髪の男へと視線を動かし、しかし首を横に振った。
「生憎だが。俺も仕事の邪魔になったから、ここに持ってきただけだ」
「始めからあったと」
「ああ、始めからあった。これ以上の話が聞きたいなら情報屋を探すことだな」
 殺されなかっただけ自分は運がいいと青年はほくそ笑む。そして思う。自分にも運が向いてきたと。
 不気味に喉を震わせ笑う青年をトチ狂ったと判断できるものは誰もその部屋にはいなかった。正しくは、トチ狂おうが狂わまいが関心をもって接する人間はそこにはいなかった。乾いた、しかし至極楽しそうで嬉しそうな響きを含んだ笑い声が、溶けていく死体の臭いが充満している部屋に溢れかえった。ひいはあと青年は肩を揺らした。来訪者二名の内一名が懐に手を入れて金を差し出す。支払いは現金で、がモットーのようであった。しかし、青年は首を横に振ってそれを断った。
 そして、青年は彼らと取引をした。青年は自負していた。間違えるはずなど、ない。と。

 

 くぁ、と大きな欠伸をする。昨日も遅かったと、珍しく訪れている眠気に瞼を擦りながら、セオはぼんやりと大人しく椅子に座っていた。教師の目の前に座る程授業熱心でもなく、安心の最後尾にセオは席を構えて早朝の面白味のないホームルームを、時計を眺めながら終わりの時を待っていた。昼飯まで一体後何時間だろうかなどと、考えるのは授業のことではなく昼飯のことである。育ちざかりのこの時期においては非常に健康的な思考であり、全く微笑ましい限りであるとセオは自己完結して、それでは、と何故かそこで導入部の接続詞を使った教師へとようやく視線を動かした。眼鏡をかけた担任の顔を本日初めて直視する。来なさいと扉に向かって声がかけられた。扉が開く。わ、と女子生徒の嬉しげな声が響いた。男か、や女か、などと言った双方の感想さえ持たず、セオは部屋に入ってきた青年の顔をよくよく眺める。
 教師はびっと背を伸ばし、扉から入ってきた生徒、この場合は転入生だが、を、自分の隣に立たせ自己紹介をするように促す。起立している青年はどこか冷たさを感じさせる面をしていた。シルバーブロンドよりももっと色の抜けた、白に光沢を入れたような髪に眉はなく、ニキビのない額を前髪を両脇に避けて惜しげもなく見せていた。深海よりも深い色をした瞳は陰鬱さではなく、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。これはモテるなとセオはそんなどうでもよいことを考えようとした。しかし、その思考を頭が弾き出す前に、長年、それこそ己の血までしっかりと染着いた嗅覚が特殊な臭いを感知する。
 死体の臭い。
 それは肌まで染み込んだ、香水である程度誤魔化してはいるものの、それを職としている人間からしてみれば即座に分かるものであった。だが、この学校には一般人も多く混じっている。名誉ある男の子もある程度在籍しているとはいえど、自分のように完全に血を血で洗う世界に浸かっている子供は少ない。分かったのは、とセオは視線だけをちらちらと教室の中を動かし、一番手前の席にいるドンとその背のせいで最後列に同じく座っているジーモへと向けた。二人は視線こそ動かさないものの、ぴりと肌に障る程度の警戒心を示した。ドンならば、あらゆる関係者の顔と名前を憶えているので休憩時間にでもなれば、聞いてみるかとセオは片肘をついて、教師の隣に立っている青年の顔を見た。だが、その刹那。視線が合った。こちらを意識してみているのをセオは感じた。青年の口元が緩く動く。それは自己紹介のためのものだったが、他の意図すらセオには感じられた。色の薄い唇の間から、赤い舌が覗く。
「アロルド・ココです。宜しくお願いします」
 静かな声であった。ココファミリーという名前は聞いたことがなく、セオは軽く眉根を寄せる。ココ、ではなく、コモならばそれは記憶にしっかりと残っている。それは、ラヴィーナを創り出したファミリーの名である。尤も、そのファミリーは自分たちの手によって壊滅させられたわけだが。ココならば人違いかとも考えられたのだが、どちらにせよ転入生から、死体の臭いがするのは否定できない事実である。セオは穏やかに笑った青年に目を眇めた。目つきどころではなく、人相が悪くなる。
 教師は、アロルドに新しく用意された席に座るように指示した。教室に新しい机と椅子が用意されていたのはそのためか、とセオは今更ながらにそう感じる。窓際の、丁度自分の隣の席にアロルドは腰を落ち着けた。フックに鞄をかける。
「はじめまして」
「…はじめまして」
「名前は」
「アロルド・ココだろ?さっき聞いた」
「そっちは?」
「…セオ。THEOでセオ」
「テオって読まないのか。珍しいな」
 イタリアじゃ、と続けて毒のない笑みを向けたが、香水に混じって香る死臭に眉間に皺をいくつか寄せる。ホームルームがチャイムと同時に終わった。セオが席を立つと同時に、物珍しさに隣の席に人がわらわらと集まり始める。それを無視して、セオはその人の固まりから離れ、ドンの席へと足を運ぶ。既にジーモがおにぎりを口に放り込みながら、ノートを広げている。どうやら昨日の授業で分からなかった部分を授業前に聞いておこうという殊勝な心がけらしいが、この短時間でジーモの頭が理解できるのかどうかと言えば答えは否である。
 セオはドンの一つ後ろ、トイレかそれとも後ろの集団に紛れているのかどちらかは知れないが、空いている席を拝借して腰を下ろす。口を開く前に、ドンが先に言葉を続けた。
「知らないよ。ちなみに、ココファミリーってのも聞いたことがない。ジーモ、そこ答え違う」
「それは、ああ、俺もだ」
 ああうんそうか、とジーモが赤ペンでノートに訂正を加えている中、セオは頷く。ドンの頭の中にないなら、新参者か、それとも取るに足らない下部組織の一端か、とセオは頬を指先でかいた。だが、ドンはそれを否定するように、でもと続ける。
「俺が知らないのは『アロルド・ココ』って人間だ。偽名で入学している可能性もないわけじゃない」
「…顔は?」
「写真じゃ見たことないね。ただ、俺が記憶してる顔は写真を取られた当時のものだ。整形されたら分からない。声は流石に聴いてないから」
 それもそうである。セオは人に埋もれている転校生へと一度視線を向けたが、臭いのは死の染着いたそれのみで、他に不審な点は見当たらない。先程、目があったのもただの偶然だったのかと頭をかきながら、かちんと歯を鳴らした。どこか不気味ではあるが、どう見ても戦闘をこなしてきたようには見えない体つきであるし、最低限の用心さえしていれば、返り討ちには十分にできるだろうとセオは括った。その思考を遮るように、ジーモが、あ、と小さく声を漏らした。視線の先は校庭である。セオは弾かれたようにそちらを見た。
 正門の辺りにそわそわと淡い茶色の髪が躍っている。可愛らしく両脇に三つ編みにしてたらし、広い縁のある帽子を被っている。顔には真っ黒な、中が見えないサングラスがちょんと乗っていた。それは両脇まで広がっており、横からでさえも、その小さな少女の目を見ることは叶わない仕様になっていた。
「ラーダじゃない。何?君、また忘れ物?」
「ルッスーリア隊長もいる」
 ドンとジーモは見たままの言葉を告げた。それにセオは首を傾げる。
「ラヴィーナ?ルッスーリアも。なんだろ。ラヴィーナ!ルッス!今行く!」
 セオは窓を開けると、ひらりと正門へと手を振り大きな声を出した。すると、正門にある小さな影が、小さな手を持ち上げて振った。手提げが持たされているが、ひょこひょことラヴィーナが跳ねる度にそれは可愛らしく揺れた。一階であるので、窓から飛び降りて走ればすぐにつく距離である。全速力で走る意味は全くなく、セオはある程度速度を落として、二人の下へと駆けようとして、そして足をふと止めた。
 強烈な視線。
 背中から無遠慮に浴びせかけるようなそれにセオは目を見開いた。自分ではない。それは、すぐに分かった。人の視線には非常に敏感にできている。顔を分からない程度に少しだけ動かし、視線の下へと朱銀の瞳を揺らす。案の定とでも言うべきか、その先には転校生がいた。その表情は歓喜に満ち溢れ、ただただ喜びばかりを乗せている。ひどく不快な視線である。視線がラヴィーナへと向いているのに気づき、さらに不愉快度を高める。ひょっとして、そちらの趣味でもあるのかと疑う。俗にいう少女趣味という。走る速度を速め、セオは二人の下へと足を止めた。
「んふふー授業は真面目にうけてるの?」
「そりゃもう、寝てないよ。どうしたの」
 ルッスーリア、とセオは言葉が話せる相手へと自然と話しかける。それにルッスーリアはラヴィーナの背中をちょいと押し出し、小さな手が持っている手提げに注目させた。
「東眞がお弁当に入れ忘れたって。アップルパイよ。私が持っていくって言ったんだけど、ラーダもついて行くってねだられたの」
「マンマが入れ忘れなんて珍しいね。Grazie」
 ラヴィーナの手から受け取りつつ、セオはにこっと小さな妹に笑いかける。成長を一切見せないラヴィーナは未だ幼い体のままである。原因は不明だそうだが、それで体調不良になっているわけでもなく、作られた命故の問題だろうと、一応は原因解明のための診察を受けてはいるが、あまり意味をなしていない。
 セオが手提げを受け取ると、ラヴィーナはその小さな両手で拳を二つ作り、頑張れとでもいうようにぐっと肘を曲げて見せた。うん、とセオは頷いてラヴィーナの頭を撫でる。そんなラヴィーナを微笑ましそうに見下ろしながら、ルッスーリアはこそりとセオに耳を寄せるように手招きする。
「ラーダがあなたのこととても気にしてたのよ」
 東眞の気遣いね、と笑ったルッスーリアにセオは成程と頷いた。力のコントロールが自分の意志で完全にできるようになったラヴィーナは同伴者を連れてであれば外に出られるようになって長い。目は完全に覆わねばならないために、特殊なサングラスをかけてはいるものの、それでも行動範囲は広がった。ただ、学校に通うことは認可されなかったため、自分に、というよりも学校そのものに興味が深いらしく、こうやってルッスーリア、もしくはスクアーロを連れて忘れ物(と称した他の物)を持ってくることはよくある。
 ラヴィーナに会える時間が増えていいけれど、とセオは目元を緩めた。
「Jr.」
 ふっとルッスーリアの真面目な声にセオは後ろを振り返らないようにし、うんと頷く。
「知ってる?ルッスーリア。あいつ、臭いがする」
「…見たことない顔ネェ」
 セオの質問に、ルッスーリアは少しばかり顔を険しくして答えた。強すぎる視線に気付かないルッスーリアではなかった。
「あっちかな」
「どうかしら」
 死体愛好者としての一面を持つルッスーリアにセオは問うたが、軽く首を傾げられるに終わる。そればかりは聞いてみなければわからないとルッスーリアは断言した。読心術は習得していない。と、いうよりも必要ないので身に着けていないということが一番であろう。セオはルッスーリアの答えに頷くしかなかった。しかし、嫌な視線である。ラヴィーナは敵意や殺意のある視線以外にはひどく疎い。それに加えて、学校という教育施設に訪れている喜びが勝って周囲への注意を多少怠っているともいえる。ルッスーリアがいるので問題ないとも言えばそうである。
 セオは唇を一舐めして、ラヴィーナの手を軽く引っ張った。向こうの見えないサングラスと視線が合う。たっぷりとした髪が三つ編みで揺れていた。
「ラヴィーナ。あんまり、学校に来ちゃ駄目だ」
 駄目だと言われ、ラヴィーナは酷く悲しそうに俯く。しょんぼりと落とされた両肩を見るのが辛い。鍔の広い帽子が下を向く。普段であれば、いつでもおいでと言いたいところであったが、セオは背中に感じるアロルドの視線に不愉快さよりも、それよりも言葉にできない何かを感じていた。セオの意図を察して、ルッスーリアがラヴィーナの背を軽く擦る。
「そう落ち込まないのよ、ラーダ。学校の話なら、Jr.が帰ってきてから沢山してもらったらいいじゃない。ね?」
 横に分けてはいるものの、たっぷりの髪の毛はその表情を(元から見えないが)さらに見えなくした。引き絞られた小さな口に、やはり申し訳なさを感じる。しかし。
「ラヴィーナ、分かった?」
 念を押せば、小さな頭はこくんと上下に揺れた。それと同時に予鈴がなり、セオと教室からジーモが声を張った。セオはラヴィーナから預かったアップルパイの入った手提げを軽く持ち上げて、元気を出すようにラヴィーナの頭をもう一度撫でる。
「おいしく食べるよ。ラヴィーナが持ってきてくれたんだから」
 それに、隣に立っていたルッスーリアがからかうようにして、私も持ってきたのよ!と笑った。そして、ラヴィーナの小さな手を引く。セオは手を振って二人を見送ると、とんとんと風を切るようにして地面を踏み、窓枠に手をかけると教室に飛び込んだ。一時間目は移動教室だったことを思い出し、慌てて机の上に放っていた教科書をかっさらう。手提げはそれと一緒にフックにかけた。ジーモとドンは案の定先に行ったようで、別に待つ必要もないのだが、セオは教室を最後に飛び出した。
 だが、その歩みは扉の向こうに立っていた人間に止まる。白い髪の、不気味な視線の青年。
「教室、どこだっけ。僕知らないんだ」
「…他の奴らと行かなかったのか」
「途中ではぐれて」
 あからさまな嘘をしれりと吐きながら、アロルドはセオの隣を歩いた。突き放す理由もなく、セオは黙ってそれを許す。からんと授業開始の鐘が鳴ったが、セオは走ることをしなかった。そして、アロルドもまた、速度を速めることをしなかった。
 誰も通らない廊下を二人で歩きつつ、双方の沈黙を先に崩したのはアロルドであった。
「あれ、何?」
 まるでものでも指すかのようにアロルドは口元に薄い笑みを刷いたままそう尋ねた。セオは目付きを悪くさせ、答える。
「…妹、と仲間」
「妹?妹、似てないな」
「血は繋がってない」
「へえ」
 そうなんだ。
 そう呟かれた声に、吐き気を催した。そしてセオは少しばかり、歩みを早くした。