La madre mia - 1/3

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 アルコール中毒の父親。薬物中毒の母親。どうして生きてこれたのか、それは自分が一番聞きたい。あの劣悪極まる環境で自分の命が持っていたのは奇跡に近い。尤も最終的には、捨てられた。ゴミのように。
 雪の中吹雪が皮膚を突き刺して、ああもう死ぬのかとそんなことをどこか遠くで考えていた時に拾われた。そして自分は流されるようにして孤児院に入った。そこに在ったのは、暖かな家と確かな食事―――――――――などでは、なかった。政府からの金が自分たちに使われることなく、ひもじい思いをした。日に一つ与えられるかどうかわからないパン一欠けらを貪るようにして食べた。冷たい、身も切り裂かれるような冷たい床の上で日々を過ごした。それでも出ていかなかったのは、屋根がある家にいられるだけましだったからである。うさばらしに院長に殴られて骨にひびが入っても、医者が連れてこられるはずもなく、痛む体を折り曲げて日々を過ごした。
 小学校は義務教育で、流石の劣悪な孤児院も「義務」と名のつく以上子供を学校に送り出さないわけにはいかない。服に隠れて見えない部分を殴られながら、孤児院の内情に関して黙っているように命じられた。怖かったから黙っていたわけではなく、もうどうでもよかった。行かされた学校ではいじめにあった。臭い汚い。投げつけられる言葉には、納得していた。だが、反対に言ってやりたくはあった。冷たい冬に、暖かい湯を浴びることもなく、指先を凍らせるような冷たさの水で体を洗えるのかと。
 毎日毎日、生きるために必死になった。必死で必死で、もうどうして生きているのか分からないほどに必死に生きた。生きることを、止めたいとは思わなかった。そして、いつかこの環境から抜け出してやると心に決めていた。絶対に抜け出すと。何があっても、どんな苦労を耐え忍んでも、自分は必ず良い方に転がると。下校時間ぎりぎりまで図書館にこもり勉強に精を出した。臭いと鼻をつままれようとも無視した。そんなことで人の本質を見極められないような人間とは付き合いたくない。
 概して、そう言う人間たちは簡単に人を裏切る。上辺だけの父親も母親も、真冬の通りで自分を拾った院長も。皆、裏切った。縋りついた手を払い、信頼した己を踏みにじった。もうそんな人間関係は欲しくない。絶対に、裏切らない人だけがいればいい。そして自分は、誰も恨まない。同じ人間に落ちぶれたくなかったからだ。自分を裏切って踏み躙った人間と。あさましく他者を罵り、傷つけた人間とは。
 どうすれば、それを手に入れることができるか。人の口に戸は立てられぬ。マフィア、という存在を耳にした。彼らは「絶対に仲間を裏切らない」。何て甘美な響きだろうと思った。それは、自分が求めてやまないもの。身が焼け焦げるほどに欲しがったもの。
 そうして自分は行動に出た。
 情報が手に入りやすい酒場で、馬鹿みたいな安い賃金で働かせてもらう。それらしい人間を見定めて、耳をすませる。「ボス」、とそう言う言葉は総じてそういった人間が使う言葉である。そして「我々」。グラスの中の氷が揺れる様子を裏手の指先が凍える場所で掃除をしながら、盗み見る。表から、出て行く。そして彼らに、声をかける。真黒な背中に、もう、誰一人として自分を裏切ってほしくないが故に。待って、と。