06:日常の私とあなた - 1/6

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 東眞は新聞を取り出して、その時にふとほかにもう一つ何かがポストに入っていることに気付いてそれに触れた。そして、ぱっと表情を明るくして、家の中に駆けこむ。
「修矢!」
「んぐっ」
 ご飯を喉に詰まらせて修矢は咳き込み、置いてあった麦茶で流し込む。そして笑顔で手元の絵葉書を振っている東眞に視線を移した。勿論げんなりとした顔で。しかし東眞はそれに対して特に気を払う様子もなく、嬉しそうに告げる。
「ルッスーリアから絵葉書がまた来たよ」
「…あ、そ」
 ほぼ二週間おきにくる絵葉書を一体何度破り捨ててやろうかと思っていることは決して姉の前では口に出さない。修矢は食事を再開しつつ、東眞がその絵葉書を読み始める。
「『東眞、元気にしてる?そっちの小生意気な弟君も元気にしてるのかしら。こっちはみんな元気にしてるわ。ちょっと最近は任務で忙しいけど、ボスも相変わらず元気にしてるから安心してね。写真はこの間スクアーロが任務でヴェネチアに行った時に買った絵葉書よ。意外と気がきくからもう驚いちゃった。ベルが時々東眞どうしてる?ってよく聞くの。今度メールでベルのアドレスも送るから、たまにメール送ってチョーダイ!卒業式前にイタリアに遊びに来てもいいのよ。ボスも首を長くして待ってるわよ!』」
「…のやろぉ…」
 箸を一つ駄目にして修矢はぎりっと歯を鳴らした。東眞は笑顔でそれに続ける。
「この間XANXUSさんから電話があったんだよ」
「!な、あ、姉貴あんな奴に電話番号教えたのかよ!」
「調べたって言ってたけど」
 暗殺部隊は伊達じゃないなあと東眞は一人感心して携帯を取り出す。そしてパチンとそれを開いて、アドレス帳の所まで移動し、修矢にその画面を見せた。そこにはXANXUS、修矢、スクアーロ、ルッスーリアと名前が並んでいる。
「修矢も連絡取る?」
「…いらない。絶対いらない」
「でも修矢、スクアーロと仲良かった…ような気がしたんだけど。スクアーロも剣を使うから、友達になれるんじゃない?」
「 い ら な い 。あんな奴等と友達になってたまるか!姉貴をかっさらうようなやつらだぞ!!大体姉貴なんでそんなに嬉しそうなんだよ…どーせ、そのXANXUSってやつ唯の遊びだろ…」
 ちぇっと舌打ちをした修矢に東眞は一瞬表情を陰らせた。それにしまった、と修矢ははっと気付く。
「あー、で、でも姉貴も遊びなんだよな!」
「遊び、ってことはないよ。あのね、私XANXUSさんと言葉を交わしているだけで、何だか嬉しいんだ。今まで恋愛話に花を咲かせたことはないけど、これが人を好きになるってことなのかなとは思ってる」
「…」
 別れてから約一か月半、時折かかってくる電話がとても嬉しい。時差や忙しいこともあって、まだ片手で足りる程しかかかってきたことがないけれども、嬉しい。ルッスーリアたちから送られてくる手紙もメールも嬉しいけれどそれとは少し違った嬉しさ。
 東眞は優しげに微笑んで、携帯をそっと胸に落ち着ける。

「これが一方的な思いだとしても、人を好きになることは素敵な事だと思う」

 自分も一つ成長したって気持ちになるよ、と東眞は修矢の頭をくしゃりと撫でた。
 XANXUSからの電話は長くて五分。短くて一分。携帯に登録してあるのもあるが、それ以前にそれが彼だとすぐに分かることがある。電話を出てもいつも向こう側は無言。暫くして東眞が尋ねれば、ああと短く返ってくる。
 時間も仕事もあるだろうしということで東眞から電話をかけたことはない。ただ、時折ルッスーリアから教えて貰ったメールアドレスにメールを送ることはある。そのメールの返事も、ああの一言だけだったが。そんなほんの小さな小さな同じメールのやりとり。それだけれども小さな幸せ。
「修矢も好きな人できると良いね」
 その言葉に修矢はくっと恥ずかしそうにうつむいた。そこに坊ちゃん、と声がかかる。修矢はパッと顔をあげた。
「学校に遅れますよ、バイクで送りましょうか」
「いや、いいよ。なんか怖ぇ風紀委員が一人いるんだよな…あんま関わりたくないし」
 哲の申し出を断って、修矢は残っていた味噌汁をかきこみ隣に置いてあったカバンを掴んで立ちあがった。
「坊ちゃん…ご飯はゆっくり食べて下さい。お嬢様が折角作られたのに」
「分かってるよ。じゃぁ、姉貴。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 玄関から飛び出た修矢に手を振って東眞は食器を片付ける。哲はそれを見て、自分がしましょうかと申し出たが、それをやんわりと断る。
「そう言えば、その葉書」
「はい」
 哲は机の上に置いてある葉書を手に取っていいか確認してから取り、綺麗な日本語を斜め読みする。
「毎回のことながら住所がありませんね。今度住所を教えてくれるように頼まれてはいかがですか?お嬢様からも日本の絵葉書を送りたいのでしょう?」
「…送りたいのはあるんですけれど、住所を書かないのはそれなりの理由があるからですし。メールでやりとりができますから、それでいいんです」
「そうですか…?」
 確かに暗殺部隊であれば、住所は書かないに越したことはないだろう。
 東眞は苦笑しながら最後の部分を上手くはぐらかした。哲はそんな笑顔を横目で見ながら、小さく微笑む。その笑みに東眞はどうしたんですかと声をかけた。
「いえ。まさかお嬢様が恋をできるようになるとは思ってもいませんでしたので」
「…それは、そういう意味ですよね」
「ええ。坊ちゃんとしては憎らしいでしょうが、自分はお嬢様のそのような笑顔が見れるようになったのを喜ばしいと思っておりますよ。この組に来た時、お嬢様はいつも誰かのために笑われておられた。それが、今はご自分のために笑っておられます」
 自分はそれが嬉しいです、と目を細めた哲に東眞は僅かばかりに目を丸くした。そしてその目を一旦閉じて、それからまた笑った。東眞は流しに食器を置いて、ふと気付く。
「お弁当忘れてる」
「坊ちゃんですか?珍しいですね」
 ちらと東眞は時計を見やってから哲に告げる。
「昼食前に私が持って行きます」
「いや、しかし」
「哲さん、今日は集金じゃないですか。私は今日講義ありませんから。洗濯物干してから行きます」
 散歩がてらに、と微笑んだ東眞に哲はお願いしますと頼んだ。しかしはっと気付いて、そのと言いづらそうにポケットから財布を取り出してチケットを一枚取り出す。東眞はそれを受取り、ああと納得する。
「す、すみません。こいつもお願いしていいですか…」
「構いませんよ」
 そう言って東眞は渡された、極上抹茶プリン無料チケットを畳んでポケットに入れた。

 

 かち、とXANXUSは携帯の削除キーを押す。書かれていた文字がするすると消えてしまって、真っ白になり、線だけがちかちかと残っていた。
 その行為を一体何回繰り返したかは思い出したくない。そして携帯をぎろと睨みつける。東眞からのメールが目の前の画面に表示されている。元気かどうか、ただそれだけが書いてある。
 椅子にどっかりと腰掛け足を放りなげて、手の中の小さな携帯のボタンの上に指を添える。一文字打って消す。一文字打ってまた消す。
「…」
 一週間に一回ほど来るこのメール。返事はいつも。
 先日それでは駄目だとルッスーリアに非難じみた気色の悪い声をあげられた。だがいくら考えてもそんな上手い答えなどでてきはしない。結局今日の返事も(二日前に来たメールだが)だたの母音が二つ。
 その時、スクアーロがばん、と喧しい音を立てて扉をあけた。XANXUSはその音にぴくりと顔を顰めた。スクアーロはがつがつとXANXUSに近づいて、そしてその手の中にある携帯に気付く。
「あ゛あ゛?」
 そしてぶっと笑う。
「何だぁ!てめぇ、そんなもん考えてやがったのかぁ!!傑作だぜぇ!!」
「…うるせぇよ。ならてめぇが返事でもしてろ、カスが」
 XANXUSは携帯をスクアーロに向かって投げつけた。それはスクアーロの額に当たったが、さして痛くはなかったようで、スクアーロは落ちてきた携帯をぱしりと手に取った。そして東眞からのメールを読む。その文章にスクアーロはん、と首を傾けた。
「随分と短いメールだなぁ。俺のとは大違いだぜぇ」
「あぁ?」
 ぎん、と睨みつけたXANXUSにスクアーロは動じることなくひょいと自分の携帯をXANXUSに投げる。それを受取って、XANXUSはぽちぽちとメールの欄まで辿り着き、東眞と書かれているところを開く。確かにそこには元気ですか、以外にも日常的な事柄や美味しかった食べ物のことなどが書かれていた。
 スクアーロはにやにやと笑い、XANXUSに話しかける。
「つまんねぇ返事ばっか送ってるからだぁ。なぁ、ボスさんよぉ」
 勝ち誇ったその言葉。
 XANXUSはぱたんと片手でスクアーロの携帯を閉じて、燃やした。
「な、何しやがんだぁ!!」
「るせぇっ」
 そう言って、XANXUSは既に携帯としては機能していないその焦げた物体をスクアーロの額に直撃させた。