海をあたう - 6/6

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 空から風を叩きつけてくる生物を見上げながら、ミトは目を細めた。頬を、風と舞った草が打つ。
 その巨大な背から顔を覗かせた男をミトは視認する。もはや言葉は必要なく、互いにすべきことは何一つ変わることはなかった。腕を翼に降り立った男と言葉を交わすことはない。ヤッカ、と嘴を寄せて褒められるのを期待している鳥に手を寄せて撫でる。あらゆることは全てヤッカに教えてある。
 地面に男の足が着く。不死鳥の名を持つ男は、上背のある女の横を何も言わずに通り過ぎた。その眼差しはただ緊張感に溢れたまま、眼前の一軒の家に向けられている。羽ばたくことを止めた鳥は足を折り、その腹を草原につけて微睡んだ。くるくると喉を鳴らし、嘴を撫でられるのが心地よいのか、刳り貫けば宝石のように透き通ったその瞳を細めて笑う。もとより、どちらかと言えば笑ったような造形をしている顔である。するりと女の指先が嘴から離れたのに不満だったのか、離れようとしたミトの首襟を嘴でがっちりと啄んだ。
「ヤッカ」
 咎めるようにミトに叱られたものの、鳥は懇願するような色を瞳に乗せてもっと構えとばかりにさらに引っ張る。ミトは一度振り返り、家の扉の前で佇む男の背を眺める。そして視線を落とし、二三度甘えたがりのカヤアンバルの嘴を引っ掻くように撫でると、その嘴を外させる。不機嫌そうな声が嘴から漏れたが柔らかな羽毛に手を突っ込んで鳥肌を撫でれば、数秒の後にそれは静まった。
 お膳立ては整った。
 ミトはぽんと強めにヤッカの腹を叩き、後のことを任せる。寂しげな視線が背を追いかけて来たが、今度は振り返ることなく家とは反対方向に歩を進めていく。嘴は服を掴まなかった。くくと二度ほど喉を鳴らし、諦めたように首を柔らかな羽毛に埋めて眠る体勢へと変え、瞼を落とした。
 青草をブーツで踏みつつ、なだらかな坂を歩いていく。
 正直を言えば、できればあの場に残ってヴィグとマルコの会話に入りたかった。が、しかし、これは本来ヴィグと、そして白ひげ海賊団との話し合いに他ならない。つまるところ、自分が何をどう口にしたところで、ヴィグを海に帰すのは自分だけでは到底できないことをミトは知っていた。ただ、できることと言えば、頑なに拒んでいる一歩を踏み出させることくらいであろう。
 自分は優しくない。人の気持ちを考えない。非常に我儘な人間である。
 ミトはそれを自覚しつつ、今頃扉の向こうとそちらで気まずい視線を交わしている二人を想像した。ざらざらと風の音だけが耳を撫でて後ろへと抜けていく。肌を撫でていく陸風を感じながら、今回の自分の行動は全くヴィグのためではないことにミトは薄く笑った。結局のところ、あれは自分のためなのだ。
「全く、海賊らしいじゃないか」
 勘でも戻ってきたのか。そう呟く。
 いつでも自分の思うがままに行動していた、海の男達の背中を瞼の裏に優雅に思い起こす。自分に正直であった彼らを誇りに思う。世間一般的には笑えるほどに褒められる行為ではないことも承知の上であった。人の気持ちを考え、推し量り、気遣うのが、推奨され得るべき人付き合いの仕方であろう。そちらの方が摩擦も少なく、人としては宜しく好まれる。
 だが、そういう風には生きていけない。ミトは顔を上げた。
 ヴィグにあんな面をさせておくのはどうにも気分が悪く、ヴィグを思い出に埋没させてしまうマルコを見るのもやはり忍びない。乱暴な方法ではあるが、お互いに顔をあわせれば嫌でも物事は進展する。そして、一種の確信がミトにはあった。絶対的なそれは、いつも胸にしまってある。
 そう、彼らもまた、海賊なのだ。言わずもがな。ならば行きつく先はいつでも一つしかない。死という出口しか見いだせていなかった自分と彼らは違うのだからとミトはかつての自分を振り返りながら、自嘲染みた溜息をこぼしつつ大きく伸びをした。大きく吸い込んだ空気はよく冷えて、肺の中を横隔膜を引っ張るほどに綺麗にした。背の伸び具合を感じながら、自分の役目だとクロコダイルに豪語しておきながら、この体たらくには少々笑いが込み上げそうになったが、扉を叩きながら、自分にとって連れ戻せる切っ掛けがクロコダイルであったのと同じように、ヴィグにとっては、自分ではなく、彼の仲間であり家族である人間でなくてはならぬのだということに気付いたのだ。
 だから、マルコを呼んだ。ことが上手くいかなければ、恨まれる覚悟はできている。
 爪先が地面に転がっていた石ころを蹴り飛ばした。あ、と小さな声が毀れた先に、大きな爪先が上にとんがった靴が視界に入った。外股気味の歩調に、すね毛。七分丈のズボンに加えて、とどんどんと視線を上へとやれば、どぎついピンク色のコートに、胸元が開き腹筋と胸を見せる服装、それから大きく顔を隠すサングラス。三拍子どころではなく、見事にミトの記憶の中にあるドンキホーテ・ドフラミンゴという男の特徴と一寸の狂いもなく目の前の男は合致した。にっと白い歯を見せて笑う。大層な猫背は、見上げるほどの大きな背丈を実際のそれよりも随分と低く見せた。それでも十分に大きくはある。
「フッフッフ、奇遇だな」
 したり顔をしながら、ドフラミンゴは女の二三歩手前で立ち止まる。ミトも必要以上に距離を詰めることはせずに、男が足を止めると同時に立ち止まった。子供と大人ほどの身長差は長く視線を合わせていると首が痛い。
 二手に分かれた先の道にある場所がどこに繋がるか知っているミトは、ああとドフラミンゴに対する返答か、もしくはただ自分の中で出た答えに対する納得かのどちらかの言葉をこぼしながら、首筋を指先で軽く引っ掻いた。
「出るのか」
「寂しいか?」
「別に」
 一秒と待たず即答され、ドフラミンゴはそうかよと口角を歪ませる。そして、一寸待ち、一体何度か分からぬほどに繰り返した質問を投げかけた。それは強制でもなければ命令でもない。
「おれの船に乗らねぇか?」
 フフ。笑い声が風に合わせて揺らめき、女の鼓膜を揺らした。人を酔わせる飲み物の色をした瞳が男を見上げ、そして、口元がそれに対する答えを返す。NO。いつも通りの返答にドフラミンゴは肩を軽く竦めた。
「何度言えば分かるかな」
「何度でも。てめぇが欲しいからな。おれぁ人一倍気が長いと来たもんだから、てめぇがババアになっても誘ってやるよ」
「いくら待っても。なぁ、ドフラミンゴ。私はお前の船で海を渡るつもりはない。お前がいくら私を女として見たところで欲したところで、私はそれに応えることをしない。無意味だと思ったことはないのか」
「フ、フッフッフ、フフフ!可笑しなことを言うンじゃネェよ、ミト」
 巨躯を揺らし、ドフラミンゴは笑った。向けられる視線が心地よいと言わんばかりに、サングラスの向こうで自身の目を細めて悦ぶ。
「無意味?無駄?そんなことがおれにとって関係あると思ってんのか?おれぁ海賊だ。欲しいもんは手に入れる。何をしてでも、何を支払ってでも。お前も」
 例外じゃない。
 人を操る指先が頬に触れ、掠める。ただ、と男は続けた。
「全部欲しいから、お前の全てが欲しいから、今までのような手は使わねぇ。金も宝石も花も島も服も靴も化粧品も何もかも!フツウの女が落ちる方法は全部通用しなかった。監禁して手枷足枷はめて飼い馴らしてやろうとしたが、それも駄目だった。なら!残るは一つだろうがよ!正攻法で手に入れる。フフフ!らくしくもねぇ、笑いが止まらねぇが。悪くネェ。こういうおれも、おれは、好きだぜ?」
「…お前、私を追いかけるお前が好きなんじゃないか?」
 そう、呆れたように聞かれた質問にドフラミンゴはけらけら腹を抱えて笑うと、ひぃと息を吐いて落ち着く。
「いや?生憎とおれぁ湖面に愛の言葉を繰り返す野郎じゃねぇんだ。兎も角」
 両掌で女を逃がさぬようにとその頬を包み込んだ。以前のような強さはなく、真綿で包むかのように触れてくる。壊れ物を扱うようなその仕草に、ミトは居心地の悪さを感じ身じろいだ。しかし、ドフラミンゴの手は外れない。長い舌が話し過ぎて乾いた唇を一舐めして湿らせる。互いの距離は詰めないまま、彼としては非常に、これ以上ないほど極めて紳士的に、言葉を紡いだ。
「おれのモンにしてやるから、首洗って待っとけ」
「…できるものならやってみろ」
 一拍を設けて、ミトは不可能だと言わんばかりにそう告げた。
「土台無理な相談だがな。何しろ」
「何しろ?」
「私が船長と見定めた男は、クロコダイルだからだ」
 それにドフラミンゴの両手がミトの頬から離れた。そして、体を押し曲げて笑いだす。おかしいことなど何一つないのに、弾けたように笑う男の姿は女の瞳には奇妙に映ったが、男が奇妙で理解不能なのはいつものことなので、ミトは大して驚くこともなく、ふんと小さく鼻を鳴らすに終わる。
「ただ一人の、海賊だ」
「言う」
「言うとも。惚れているからな、心底」
 女の発言に頬を微かに引き攣らせ、ドフラミンゴは白い八重歯を覗かせた。悔し紛れとでもいうべきか、ドフラミンゴは表情を平静に保てないまま、それに茶々を入れる。
「惚れてる、ね。全く妬けちまう」  穏やかに口元を緩め、そうだなと呟いた。
「船に乗れ、ドフラミンゴ。船上で次ぎ会う時は、刃を交えることを願う」
「おれとしちゃ、ベッドの上で一戦交えたいところだがな」
「ベッドシーツと言わず、船室を真っ赤に染め上げられたければ」
「怖ぇ怖ぇ。ふ、フフフッ!…愉しみに、してるぜ」
「そうしておけ」
 笑い声を後ろに残しながら、ドフラミンゴはミトの横を通り過ぎた。そして、ミト自身もその隣を過ぎ去る。背がすれ違い、互いの視線は互いの間反対の方向へと向いた。潮香る海へと。葉巻の香りの元へと。
 ドフラミンゴは近づく潮の香りと、遠ざかる潮の香りを想い、口元から笑いを取り去った。どこまでも遠いその潮の香は、いつまで経っても体に染みつかない。やはり待つのは性ではないのだろうと、一度は取り払った笑みを自重を混ぜて口に添えた。

 

 どなた様かなと老人は言った。
 マルコは老人の後ろ、椅子を後ろに下げて半分ほど立ち上がっている男を注視する。どうしようもない感情が心の中で悲鳴を上げ、それが脳みその中にある鼓膜を激しく震わせ叩く。額にある皮膚の引き攣った後は銃痕に相違ない。不死鳥の特性か、己の体に刻まれることのない傷ではあったが、仲間の体に刻まれることのある傷をマルコは見間違わなかった。そして、男の額のその銃痕の位置は、自身が狙った場所に違いなかった。
 横から見れば、項に彫られている白ひげの刺青が即座に目に飛び込む。名前を呼ぶのは一度は躊躇われ、唇が震えた。が、しかし、唾を嚥下し、からからにさえ感じられた口内に湿り気を戻すとマルコは視線を奥の男に合わせた。老人は何も言わなかった。
 何を言えばいいか。
 そればかりを考えてきた。謝ればいいのか。詫びればいいのか。泣けばいいのか。喜べばいいのか。殴ればいいのか。罵倒すればいいのか。ずっと、考えてきた。震える喉がしかしそれらを全て否定する。
 息を吸い込んだ。
「帰るよい」
 おれたちの、家に。家族の下に。
 真っ白になった頭の中で、マルコは呆然と立ち尽くしている男に言葉を続けた。言いたいことは考える必要などなかった。考えずとも、言葉は口をついて次から次へと出てきた。
「どこ、ほっつき歩いてたんだ。おめぇ。皆、心配してる」
 泣きそうだった。泣きはしなかったけれど。
 入ると老人に一言断り、マルコは室内に足を踏み入れた。佇んだ男は逃げることも隠れることもしない。ただ、戸口に訪れた男の言葉に何をどう返せばいいのかわからない様子であった。数歩歩いて腕を掴む。分厚い腕である。
 は、と息を吐き出す。
「なんか、言えよい」
 名前を呼ばなくてはいけない気がした。
「ヴィグ」
「マルコ」
 ぼとんと落ちた名前の後に、男の目から情けないほどにぼろぼろと涙が零れ落ちた。この男が白ひげ海賊団に入るとき、刺青をどこに入れるかで話した時、眼前の男は同じように泣いていた。唇を噛み、嗚咽をこぼしながら、見ているこちらが申し訳なくなるほどに涙を落とした。ぼろぼろ、ぼろぼろと。
 片手で顔を覆い隠し、その指の間から滴があふれて落ちていく。木で作られた机の上に水滴がぱたぱたと染みを作り、木の色を薄い色から濃く変えた。木目に水が染み込んでいく。涙と共に、謝罪が落ちる。すまないすまないすまない。謝るんじゃねぇとマルコは肩を掴み軽く揺らした。
 泣く男は、ぐすりと鼻を啜りながら肩を震わせる。
「かえれ、ねぇ…!おれは、お前にどんな顔向けりゃ…っ」
「そりゃ、おれも同じだろい」
「違う!」
 怒鳴りつけた声がひどく震えていたのに気付かないはずもなく、マルコはヴィグの肩に添えていた手を外した。深く息を吐き、違わねぇと男が吐露した言葉を否定した。今日は色々と否定が続く日だと小さく笑う。
 目の前にすれば、答えは何も難しいことはなかった。何だかんだと理由をつけても、結局のところ自分が海賊である問ことを再確認させられただけであった。会いたくないだとか、顔向けられないだとか、全てが吹き飛んだ。目の前にいるのが自分の家族で、その家族が帰りたいと、しかし帰れないと俯いているならば。そんなこと、考える必要など一切ないではないかとマルコは思う。
「おめぇが帰ってこねぇのに負い目を感じた」
「違う…!」
「おれが殺したから」
「ちがう!お前は何も悪くない!殺したんじゃねぇ…っ!お前は、違う!」
「おめぇも何も、悪くねぇよい。悩んだって、迷ったって、後悔したって、今更そんな」
 マルコは一度下におろした手を持ち上げて開いて自分でその手を見下ろす。銃の重さはやはり今でも鮮明に思い出せる。どんな形をしていたか、どんな感触だったか、冷たかったか温かったか、衝撃はいかなるものだったか。引き金を引いたその瞬間は、どうだったかなど。思い出せないことはない。
「馬鹿、みてぇだ」
 開いた手を拳にして握る。
「何がしてえって、別に悩みてぇワケじゃねぇんだい。殺しただとか殺してないだとか、考えてみりゃ、おめぇとそんな口論してぇワケじゃねえ。ただ、おれぁ。おれは、ただ、皆と家族と海で海賊でいたいだけだ」
 指先に力を込める。
「どんちゃん騒ぎして、喧嘩吹っかけて、馬鹿みてぇに酔っぱらって、下らネェ話して、笑って、泣いて、一緒に生きていきたいだけじゃねぇか。ヴィグ」
 持ち上げられた視線に、ただ言葉を聞く男がたじろぐ。しかし、それを逃がさぬ視線が向けられ、男は、ヴィグは喉を乾かした。マルコは緩やかに告げる。
「おめぇは、違うのかよい」
 違うのか。そう問われ、ヴィグは目元に力を込める。違わないはずがない。望むのはただそればかりなのである。寧ろそれしかない。
「違うのか」
 違わない。違わない。違わない。
「どっちだい。おれぁ、またおめぇと馬鹿騒ぎやりてぇ。皆で、あいつらと一緒に生きて行きてぇよい」
 声が出なかった。
 ヴィグは下唇を強く噛みしめ、喉からあふれそうになる声を押さえた。黙り込んだままのヴィグにマルコは言葉を重ねていく。
「もし、おめぇが気にしているなら言ってやる。同じことがまた起こったら」
「やめろ」
 制止を無視して言葉が続けられ、それはずしりとヴィグの胸に沈んだ。
「…今度は躊躇いなく、おれが、おめぇを撃つ。おめぇに撃たされるんじゃねえ。おれが、撃つ。おめぇにそう思わせちまったのは、おれの覚悟が足りなかったからだ」
「違う!おれは」
「そんなことは!」
 ぼうと腕から青い焔が散った。激情に揺れる。マルコの腕がヴィグの胸座を掴み取った。は、と短い息が吐き出される。
「…死が沢山続いて、おれもおめぇもそっちにばかり目が行っちまってる。そうじゃなくて、おれたちがすることは、オヤジが遺してくれた先への道を行くことだろい。その道は、家族で行きてぇ。誰も置いていきたくねぇんだ。こいつぁ、おれの、我儘だい」
「マル」
「一緒に行こうぜ、ヴィグ」
「…あ、あ」
 ああ、と目の前の男をヴィグは抱擁した。すまないと口で繰り返しながら、骨をへし折らんばかりにきつくきつく抱きしめる。
 そうして、空気を読んだように、開けられたままの扉からくっくと鳥の鳴き声が空気を叩く。ヴィグは顔を上げてマルコを放すと、いつの間にやら飛行体勢へと体を動かしているカヤアンバルの姿を見て、小さく笑った。
「とっとと、あいつンとこに帰りてぇらしいな」
「せっかちなところもちゃっかり学習してるようだない」
 顔を見合わせ、笑う。
 ヴィグは戸口に立っている老人に、ぺこりと深く頭を下げた。老人は何も言わず、扉を開けたまま笑っていた。それにヴィグも何も言わず、扉の敷居を跨ぐ。風がざぁと吹き頬に叩きつけられた。潮風が今日は強い。くくくと急げとばかりに喉不満げに鳴らす鳥を見、マルコへと問いかける。
「どれくらいかかった」
「一日ってところだが…近くの島に停泊してると思うから、半日程度で追いつくよい」
「…どの面下げて会えばいいのやら」
「取り敢えず、尻でも蹴られりゃいいんじゃねぇかい」
 それは痛そうだとヴィグは笑い、ヤッカの背に乗る。相変わらずの羽毛の感触であった。内臓が揺さぶられる勢いと共に体が浮上する。久々過ぎるそれは、とんでもない吐き気を催させたが、どうにかその背で吐くことはなかった。そして空中で揺れが収まり、風に乗る飛行に流れた時に青い翼をはためかせていた鳥が颯爽と同じようにその広い背に足をつけ、人へと姿を変えて乗る。ずるいと文句を言ったところで、どうにもならない。ヴィグは笑った。
 小さくなる島を上から眺め、ふとマルコは尋ねる。
「ミトに一言いいのかよい」
「ああいいさ。海で、いずれ、会う」
 あいつも海賊なのだから。
 その時は敵同士だと細められた目にマルコは満足げに笑い、そうだなと返した。

 

「今帰った」
「遅かったじゃねぇか」
 部屋で煙をくゆらせる男へとミトは声をかけ、笑いながら空いているベッドに腰を落ち着けた。やけにすっきりしているその横顔を眺め、クロコダイルは鼻を一つ鳴らし、手にしている葉巻からとんと軽く灰を落とす。
「もういいのか」
「ああ。もう、いい。待たせたな」
 待たせた。
 その単語にクロコダイルは視線を外へと向ける。ベッドに座って満足そうな顔をしている女がそれに気づくことはない。有難うと続けられ、穏やかな表情へと変わる。しかしその表情変化もまた、男が捉えることはなかった。
「クロコダイル」
 名が呼ばれ、外へと向けていた視線を女へと戻す。唇が開けられたまま、何かを言おうとしたが、それはすぐに閉ざされる。
「すまん、何でもない」
「んぁ」
 葉巻を咥え直す。口に、苦い味が広がった。