海をあたう - 5/6

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 面白くねえよな。
 そう、隣に一切の断りなく座っている巨人族、ではないにせよ、非常に大きな体で嫌でも視界に入ってくる目に痛い男はそうぼやいた。その手にはコーヒーの入ったカップが持たれており、アイスコーヒーではないそれは湯気を立て、カップの外にある男の手を温めていた。
 ワニ野郎と続けられた言葉にクロコダイルは煩わしげに視線を動かす。食べ終わった朝食にて残っているのは、空になった白い皿だけである。
「折角会いに来たってのに、何?おれ、ないがしろにされすぎだろうがよ」
 お前があいつにないがしろにされなかった時が一秒でもあったのかとそんな問いを返したい衝動に駆られつつ、クロコダイルはドフラミンゴの質問を無視して食後のコーヒーを口につけた。程好い苦みが口の中に広がり、朝の眠気を散らしていく。半分程飲み干し、指輪のごつい手を机に戻した。寝起きの頭にこの男の声はやけにうるさく響く。未だ整えていない黒髪を掻き上げてクロコダイルは深く長い息を吐いた。
 一方、ドフラミンゴと言えば皿の上に乗せられていた朝食、本日は目玉焼きとベーコン、それからサラダが他の皿で添えつけられていたのだが、それを大きな手で取ると、傾け、まるで吸い込むように口に放り込んだ。一二回の咀嚼でそれは胃に収まる。健康に悪い食べ方の例として、海軍で映像紹介されそうなものである。
 口の端についた油を長く尖った舌で舐めとったドフラミンゴへとクロコダイルは視線をよこす。前から、と続けられた言葉にサングラスの奥の瞳がゆるりと細められた。
「思ってたんだが」
「あによ」
「お前、何でまたあいつを追っかけてんだ。少なくとも、てめぇが気に入ってたあいつはもういねぇぞ」
 矛盾染みたあの錆びついた世界の中でもがき苦しみ、それでも復讐という二文字のためだけに生きていた女のあの歪さに興味を惹かれたのが事の始まりなのであれば、今現在、ドフラミンゴがミトに惹かれる要因は何一つとして残っていない。ケダモノと称した部分すら、今のあの女には備わっていないだろう。あるのはただ、海をめい一杯に愛するそれだけである。
 クロコダイルの質問にドフラミンゴは軽く首を傾げた。まるで、質問の意図が理解できないとでもいったその表情に、今度はクロコダイルの方が微かに目を細めてみせる。深く笑みを刻んでいる口元にひどく特徴的な笑いが零れ落ち、弾けた。母音が、あ、である口の形で、フ、と笑い続けるその奇天烈な光景に周囲は一度は目を寄せたが、それが一体誰であるかを認めると、即座に視線を逸らした。障らぬ神祟りなしとはよくぞまあ言ったものである。
 フッフと次第に笑いを小さくしていきながら、ドフラミンゴはばんばんと長い足を音を出して叩いた。
「クロコダイル」
 クロコダイル、と男は繰り返し名前を呼ぶ。普段のような呼び方で呼ばないのは、自分が眼前に座る男を同様に、フラミンゴ野郎とドフラミンゴという二つの名前で呼び分けているそれに似ている。要するに、ただの感情、気まぐれで呼び換えているに過ぎない。自分たちにとって名前など然程大きな意味を持たない。重要なのは、ただ、この海で生きていく狡猾さ、そして、純粋なる強さである。
 葉巻を口に差し込んだクロコダイルにドフラミンゴは薄く笑い、ポケットからマッチを取出して着火させて、その先端に燻りを灯す。灰皿の上に使用済みのマッチが落とされた。
「理由がいるのか」
「んぁ?」
 笑みの張り付いた男の言葉を咀嚼しきれず、クロコダイルは思わず問い返す。それに、ドフラミンゴは両手の先にそろう長い指先をぴったりと閉め、その両先をクロコダイルへと向けた。差し出された手は、大きい。
 葉巻の長さと被るようにして、巨体が圧し屈められて目を覆い隠してしまうサングラスがクロコダイルの前に乗った。
「男が女を欲しがるのに理由がいるか?」
 威圧感さえも感じさせる一言でもって、ドフラミンゴは机を長い指でノックする。こつん、と乾いた音が一つなった。クロコダイルはそれに葉巻の煙を光沢をもったグラスに吹きかけた。白い煙が皮膚の上を流れ、そして四散していく。
 フフフとさも愉快気な笑みが男の口に含められる。
「なら、おれも思ってたんだがよ。お前のそれは、女に対する愛か?」
「…何が言いてぇ」
 額にたった青筋にドフラミンゴは肩を寄せ、その表情を一度下にし、首を傾けて体を揺らす。何がおかしいのか、いっそ寒そうにすら感じられるむき出しの腹筋が笑いのために引き攣っていた。クロコダイルはそれを正視する。
「賢いてめぇのこと、分かっちゃいるんだろ?要するに。お前は、ワニ野郎」
 一拍を勿体ぶって取りながら、ドフラミンゴは一度床に落とした視線をクロコダイルと合わせた。尤もそれはサングラスという異物越しのものではあった。乾いた唇をてらついた舌が舐めとった。
「ただ、身内、としてあいつの面倒を見てるだけじゃねぇのかってことだ。おれから言わせりゃ、てめぇは異常だぜ。クロコダイル。なぁお前、まだ抱いてもいねぇんだろ?」
「だからどうした」
「惚れた女と四六時中行動を共にして、いまだ手の一つだせてねぇってのはおかしな話だろうが。おれとは違う、なんてお決まりのセリフで煙に巻いてはくれんなよ」
 葉巻を持つ指先に力がこもり、僅かにそれが変形する。殺さんばかりの眼光とその威圧感にぞくぞくと肌を震わせながら、ドフラミンゴはテーブルに乗せているままのまだ湯気の立つカップを手に取ると口につけて傾けた。苦く、しかし香ばしい味が舌に広がる。
 喉に液体を通し、ドフラミンゴはカップを視線の高さまで持ち上げた。
「大切にしてる?大事に思ってる?そんなのはただの言い訳だぜ、ワニ野郎。お前のそれは」
 もう片方の手が、クロコダイルの心臓を指差した。そして、ドフラミンゴは残っていたコーヒーを傾け、クロコダイルが指に持つ葉巻の先、その火にとろりとこぼして消した。じゅぅと、先端の高温になっている部分が白い煙をあふれさせた。
「親愛とどう違う?おれは違うぜ。抱きたい、喘がせたい、滅茶苦茶にしてやりたい。おれだけを、世界でただ、おれだけをその瞳に映させたい。おれは、あいつを女として愛している。友としてでも、敵としてでもねえ。女として、おれはあいつが欲しくてたまらねぇのさ。それに比べてお前はどうだ?」
「…勝手に言っていろ。どう足掻いたところで、あいつはてめぇのモンにゃならねぇよ」
 これ以上構うのは無為だと判断したのか、クロコダイルは既にコーヒーによって消されてしまった葉巻を灰皿に捨て置くと席を立った。一瞥し、その場を後にしようと背を向けかけたが、その背にドフラミンゴはやはり同様の笑い声を送る。
「悠長に構えてると、しらねぇぜ?」
 馬鹿馬鹿しい。
 クロコダイルはウェイターに金を放り投げ、扉を押しあけその場を後にした。高笑いしているその声が、まるで粘つくヘドロのように耳にこびりついていた。

 

 空の青を白い雲が遮った。
 マルコは甲板の上を奇妙な動きで旋回する巨大な鳥を、掌で廂を作って見上げた。ふかふかと思わず埋もれたくなってしまうようなその腹の羽毛が次第に距離を詰めてくる。その巨大な鳥類の正式名称と、彼の呼称をマルコは知っていた。甲板にその翼がかき集めている風が叩きつけられ、船が大きく揺れる。しかし、その鳥が一体誰の使いなのか承知している海賊団は慌てることもなく、ただ口々に、久々だなと笑いあうばかりであった。
「ヤッカ!」
 しかし羽ばたきを止めぬまま、巨鳥は下にトーンダイヤルを放って落とす。鋭い鉤爪は独特の貝を持ち運んでいるときにも傷つけないよう注意を払ったようで、脆いそれが壊れていることはなかった。
 空中から落下してきた貝をマルコは手を伸ばして受け止める。使い方は心得ている。声がトーンダイヤルから流れた。それはひどく短く、しかし、非常に分かりやすい言葉であった。
『その気があるなら連れ戻しに来い』
 ぷつん。音が切れる。何度聞いたところで、他の言葉は録音されておらず、ただそればかりが機械的に流れる始末であった。
 言葉の意味をマルコは考える。しかし、考えるまでもないことである。先日のミトの言葉から考えてみれば、誰を連れ戻しに来い、というのは言葉にする必要もないのだ。マルコは項垂れた。疑いが、確証を持ったそれへと変わった声は、ひどく心を揺さぶった。
 だがと同時にマルコは思う。何度も何度も、酒を煽りながら思った。生きているならば、何故来ないと。それはつまり、ここが、自分たちがいるここが、もう彼にとっての帰る場所ではないこと言うことではないのかと。ならば、それを縄を使って引き立てるようにして連れ戻すのはおかしなことだ。それもそうだろう。
 殺した人間が乗っている船になど。一体誰が帰りたいと思うのか。
 ふるりと首を横に振ったマルコだったが、即座にその圧迫感に顔を顰める。鋭い爪が腹に食い込んでいた。しかし、痛みは与えないように柔らかに握られているので、血は出ていない。上から与えられた風が、足を宙に浮かす。マルコ!?と周囲の驚いた声がざわめきだす。
「ヤッカ、放さねぇかよい!おれぁ」
 それを黙らせるようにヤッカは鳴いた。鳥を抑えるために投げられた縄は、一度の大きな羽ばたきで甲板にあっさりと叩き落される。下方の姿がどんどんと小さくなっていく。マルコは舌打ちを一つ口の中で鳴らすと、その姿を青白く発光させた。その輝きと同時に、熱を持たない炎が鳥の足から溶けるようにして逃れる。ぼぼと海をその身に詰め込んだような炎が後を引きながら、その体を、眼前の巨大な体と比べると随分と小さく見えるのだが、双方の気迫はあきらかに青い焔の鳥の方が勝っている。怯えたようにヤッカは低く呻くように喉を鳴らした。
 一見マルコが押しているように見えた光景であったが、体躯の大きさに物を言わせ、再度ヤッカはその鋭い爪でマルコの体を掴みにかかった。当然、不死鳥は鋭い動きでそれをかわし、距離を取った。腕のみが鳥の翼の形をとり、空中へとその姿をとどめさせる。
 おそらく、ある程度の人語であれば解すると思われるヤッカに向けて、マルコは羽毛の下の瞳孔が美しいほどに丸い鳥を見つめて言葉を発した。
「ミトの、命令かよい」
 YESの代わりに、低い声が喉を震わせる。それに、マルコは苦しげに眉を顰め、視線を甲板に落とした。船員の困惑した様子が目に見てとれる。一つ溜息を落とすと、待てよい、と軽くヤッカに向けて手を振り、筋肉の張った足を一度船の床板につけ、仲間になんでもないことを告げた。
 仲間が散る、その中で意識できるほどの視線を向けたままの男にマルコは気づく。和服と化粧で顔を飾った、元、白ひげ海賊団16番隊隊長イゾウであった。イゾウ、とその名前を口の中で呟く。それに首筋のみだれ髪に細い指先で触れながら、イゾウは首を振った。
「行けよマルコ」
「だが」
「ヴィグは、何もお前だけの家族じゃねェんだ」
 イゾウが口にした名前にマルコははっと顔を強張らせたが、その表情を見たイゾウは小さく困ったような笑みを口端に浮かべ、そりゃな、とこぼした。
「ミト絡みで何かあるとくりゃ、もうヴィグしかいネェだろう?…マルコ。お前がしたことを誰も咎めない。おれが、お前でも同じことをした。その時にお前が何を思ったとか、ヴィグが何を感じたとか、そんなことを今更考えたところで何も変わりゃしねぇ。それでもおれが一つだけ、確信を持って言えるのは、お前らが自分を責めるのは間違ってるってことだ」
「…だが、ヴィグは帰ってきてねぇよい」
「なら、連れて帰ってこいよ。おれもお前もあいつの口から何にも聞いてないし、ましてや、あいつがおれたちに何かを言ってもいない。マルコ、お前が行かねぇなら、おれが行ってくる。ヤッカ!」
 来い、とイゾウの声掛けにヤッカはミトの命令と異なることに躊躇したが、最終的に白ひげ海賊団であった人間を連れてこればよいかと判断したのか、翼を甲板に下ろそうとした。しかし、それはマルコの声にイゾウを持ち上げることは叶わなかった。
 人間の腕に戻った掌で、マルコはきつく手を固く握りしめる。
「おれが、行く」
 ふっかりとした手触りの良い羽毛に触れた状態で、イゾウはマルコへと視線を注ぐ。深い息が吐かれ、双眸でしかと捉え直す。一度言葉にしたものはもう二度と口には戻ってこない。マルコは唇を噛み、息を大きく吸い込んだ。そして、再度意思を繰り返す。
「おれが行く。あいつは、おれが来るのを一番望んでないはずだ。それは、まぁ、長年の付き合いもあるし、分かってるつもりだよい。あいつが…ここに帰りたくないのは」
「それから先は」
 どん、とイゾウはマルコの背中を押した。一二歩、体が押し出される。イゾウは笑みは見せず、真剣な面持ちのまま、マルコへと言った。
「本人に聞いて来い」
 話し合いがついたのかと見たヤッカはマルコへと嘴を伸ばし、その服の裾を啄むとぐいぐい引っ張る。すっと鼻で息を吸うと、マルコは服の裾を啄んだ嘴をそっと撫でて了承の意を示した。お互いに飛んでいくよりも、ヤッカの背に乗せてもらった方が楽なことは分かっているので、こうべを垂れさせ、その背に体を乗せる。やわらかい羽毛の中にすっぽりと体が埋もれ、立ち上がらないと周囲の状況が一瞬では確認できない。
 立ち上がり、マルコは船を上から眺めた。自身で飛ぶことはあっても、他の者の背に乗って飛ぶことはとんと経験にない。
「イゾウ!」
「分かってる!こっちは任せとけ!」
 心配いらねぇよ、と手を高く上げてイゾウは問題ないと示す。それを確認したマルコは、ヤッカの背を二度ほど叩く。そうすると、自身の翼よりも遥かに巨大な翼が風を広く拾い集め、その体を浮かせる。船など目ではない程に内臓が激しく揺さぶられ、胃液が食道に這い上がってくる。
 こんなものにあいつは乗ってんのかい、とマルコは不慣れな背中に体を預けながら、速さに乗ったカヤアンバルの羽毛に体をしっかりと沈めた。

 

 リッキー。
 そう呼ばれた男は反応をしなかった。
「リッキー」
 二度目に呼ばれた時、その名で呼ばれた男は思い出したようにはっと振り返った。視線の先には茶を注いでいる老人の姿があった。
「あ、ああ。有難うよ、爺さん」
「…ヴィグ、と呼んだ方がいいかい。リッキー」
 本当はと言葉が続けられ、ヴィグは眉間に皺を深く刻み込む。渡された湯呑に触れていた指先が微かに一度震える。空いている方の手が、項に刻まれた刺青を擦った。そちらの方がわかりやすいだろう。老人は口端を緩やかに持ち上げて笑みを添える。
 老人と向き合い、ヴィグは一つ息を吐き、ぼつぼつと言葉をこぼし始める。
「おれを、助けてくれたことには、本当に感謝している。誰ともわからぬ男を置いてくれたことにも。あいつが毎日来てるのも知ってる。それを口八丁で追い返してくれているのにも、言葉にしようのないほどに、感謝してるんだ」
「帰りたくないのかね」
 老人の言葉に、ヴィグは湯呑を持つ手に力を込めた。唇を軽く噛む。
 ミトに会ってから、彼女がマルコたちのことを扉越しに問いかけるたびに、郷愁がかき乱される。どんな言葉で繕ったところで、結局のところ己は。
 かえりたいのだ。
「…帰れる、モンならな」
「さても」
「犠牲なんて考えてネェよ、爺さん。おれは」
 歪んだ老人の表情を見て、ヴィグは軽く手を振って否定した。そんな殊勝な人間ではないと付け加える。
「…これは、犠牲なんかじゃない。ただの自己満足だ。ただおれが、あいつに引き金を引かせてしまったことを後悔してるだけなんだ。爺さん、あんたの腕ならわかるだろ。あの傷で、頭の損傷除いて放置しときゃ、おれは五分と持たなかったはずだ」
 無言を肯定と判じ、ヴィグは自嘲気味に笑った。
「それなのに、おれは最後の最後でしくじった。あいつに責を負わせた」
「海でなくとも、戦場でも、それは常だろうに。尤も、それを責と呼ぶかどうかは本人次第だがね」
「…魔がさすってのは、ああいうことを言うんだろうな…」
 ああ。ヴィグはそういって、背もたれにずっしりと体重を押し付けた。どこにも出し切れない感情にふたをかけている男の表情を、老人は眺めつつ茶を啜る。枯れ枝のような細い指が温かい湯の身の回りをさするようにして持っていた。風がこんこんと窓を叩く。
「沢山の人間を殺してきた医者としては、分からなくも、分かるでもある」
「それでも救ってきた人間の方が多いだろう」
「そんなもの。救えなかった患者も同じくらいに多い。そしてこれからも、分からない。憎悪と感謝を常にうける身だ。どれだけ尽くしても、どれだけ精一杯手を打ったところで、助けられないものは助けられない。死んでしまった者はそれまでだ。他人だなんだのと言い訳をしたところで、人にとってはわしは人殺し。そして恩人でもある。お前は、安楽死を知っているかね」
「まぁ」
 知っているよとヴィグは頷いた。それに老人は似たようなものだと零した。湯呑の中に茶柱は立っていない。
「その当時までの医学では到底助からず、ただ苦しみ死を待つだけの患者を安楽死させたこともある。そして、その翌日に特効薬が見つかったこともある。お前さん、わしは人殺しだろう。泣き崩れた親族に、どうしてあと一日早くと、どうしてあと一日遅くと胸を叩かれたよ」
「…何も、言えねぇなぁ」
「一つだけいうなれば、人の生死は常に流れているということだ。これだけなら、わしははっきり言える。わしは、助からなかった命は知っていても、助けられなかった命は知らない。それが、人の限界というものだ。そして、海賊のお前さん。悪魔の実を食っていようがいまいが、お前さんも、人なのさ。流れにはどこまでも流されるしかない。流された原点をいくら眺めたところで、今更戻れることはない」
 突如、強く窓ガラスが震えて音を激しく立てた。老人は慌てることもなく、ずずと半分ほど啜り飲む。
「ただ、どのように流されていくか。船に乗るか、泳ぐか、それとも丸太につかまって流されるか…それは、人が決めていくことができる。川のどこかに引っ掻かったままでいるのも、またありだとも」
 みしりと木枠が音を立てる。ヴィグは知っていた。これだけの暴風を起こせる存在を、よく、知っていた。