I can’t understand.

 飯だけは大人しく食うんだな、と雛に餌を与えるようにスプーンをミトの口へと運びながらドフラミンゴはそうぼやいた。スプーンに乗せられた飯を上下の顎で挟み唇で金属をなぞりながら、後方に頭を引くことで口の中に食事を運ぶ。下顎を動かし臼歯で飯を磨り潰し咀嚼し、嚥下する。ごくり、と喉が動いた。
 ミトはストローを付けられたコップから水を飲む。
「体を作らなければここからは逃げられない。好機に腹が減って動けないと言う間抜けは晒したくない」
「…飯食ってる時もそんなこと考えてんのかよ。ちったァおれのこと考えてくれてもいいんじゃねェの?」
「自分の行動を振り返っての発言か?それは。拘束具を使って監禁してる人間のことなんぞ頭から消去したいのは当然の摂理かと思うがな」
 言葉を吐き捨てたミトにドフラミンゴはフッフと肩を揺らして笑い、その体を大きく見せる。
「愛故だ、愛故」
 全く、歪んでいる。
 大きなサングラスの下に広げられた笑みを両眼で捉えながら、ミトは小さく忌々しげに舌を打ち鳴らした。
「愛、か。なら、その愛でも見せて、とっとと私を解放したらどうだ」
「解放したら逃げちまうじゃねェか」
「当然だ。お前の顔なんぞ見たくない」
「愛されてるな、おれ」
「究極的積極的思考に反吐が出そうだ」
 唸るように吐かれた言葉は取りつく島もない。しかしながら、ドフラミンゴは一切気にする様子は見せず、最後まで食べさせ終わった食器をベッド脇のテーブルの上に乗せた。
 キングサイズのベッドは大きく、人二人、大柄のドフラミンゴを乗せても余りある。柔らかなベッドの上にミトは腰掛けていた。ベッドの他に在る物と言えば、食事の食器が乗ったトレーを置かれた小さなテーブルくらいだろうか。大きな窓はぽっかりと綺麗な月を覗かせていた。物を投げつけてもヒビ一つ入らなかった窓ガラスは綺麗に磨かれている状態で外界と内界をはっきり隔てている。扉も鍵が無ければ開きもせず、頑丈なそれは窓と同じく全くびくともしなかった。
 怪我が治ってからは色々と試してみたが、どう足掻いても窓も扉も壊れない。一番の原因は腕を後ろに拘束し、両足首を戒めている重たい鎖のせいであることは見た目明らかだった。怪我が完治していない内は前で拘束されていたが、完治してからは後ろ手に拘束具が嵌められるようになった。たまに前での拘束をされることもあるが、それも両掌を反対側の肘まで曲げさせて、全く腕が使えなくなるような拘束をされる。
 一度蹴り壊したベッドは今度はどんな特注品を使ったのか、どんなに強く蹴っても壊れることはなかった。引きずろうともご丁寧に床に固定してあるので、びくともしない。右足の鎖はベッドの足へと繋がっており、長さはこの小さな鳥籠を行き来できるだけはあった。左右の足を戒める枷同士の鎖はそう長くもなく、掌一つ分程しかない。明らかに行動を制限するためのものであった。
 忌々しい。
 籠の鳥になる気分は全くよろしくない。
 眉間に皺を不機嫌この上なく寄せているミトの耳にかちんかちんと鍵が回される音が耳に入る。後ろの拘束具が外されていった。体の自由はご丁寧に奪っているようで指一本動かすことができない。全ての圧迫感が取り除かれ、その腕が前に回ると、手首だけを拘束する手錠ががちんと代わりに嵌められた。そして、ベッドに繋がる鎖、足枷も外される。
 十分に軽くなった身だが、抵抗ままならない。軽い溜息がミトの口から零れ落ちる。
「風呂入れてやるよ」
「一人で入れる。結構だ」
 どすの利いた声が返されるが、ドフラミンゴはそのままミトをひょいと両腕で軽々と抱え上げると、室内にあるシャワールームへと入った。大きく作られている扉は屈む必要が無い。鼻歌を鳴らしながら、すでにバスタブに湯がはられていることを確認すると、ドフラミンゴはミトの服に手を掛けた。表情が軽く歪むが、抵抗しても喜ばせるだけなのを悟りミトは大人しく体の力を抜いた。
 服の小さなボタンを大きな手がぷつんぷつんと一つずつ外し、一度だけ手枷を外して袖を通して上を脱がせた。そのまま慣れた様子で下着に手を掛ける。ミトは眉間に深い皺を刻み、溜息を落とした。
「自分でやる。もういい。お前に好きにされるというのは嫌だ」
「逃げるだろ?」
「素っ裸で逃げろと?」
「逃げそうだ」
「どっちにしろ、この足枷を嵌められたままでは逃げ出せないし、頑丈な窓と扉には鍵がかかっている。壁は叩き壊せない。武器はない。どうやって逃げろと言うんだ」
「てめぇなら逃げそうだ」
「可能ならば、とうの昔にそうしてる。体が回復した時点でな」
 数回のやりとりを繰り返した後、ドフラミンゴは逡巡すると、分かったと言う了解の言葉の代わりに体の自由をミトに返した。その一瞬、お互いを見張るような神経が瞬間的に張り詰める。一つ鼻を鳴らしてミトは下着に手を掛けた、が、そこで不意に止まり、同じように服を脱ぎ始めているドフラミンゴに眉間の皺を深くする。
「お前何してる」
「何って、脱いでる」
「どうして」
「そりゃ、おめぇ。服着て風呂に入る趣味はねェよ」
「風呂は、今から私が入るんだが」
 頭が沸いているのか、とばかりのやりとりにミトは多少の戸惑いを生じさせる。初めて人間らしい表情を見せたミトにドフラミンゴはニタァと笑みを深くすると、波のようなラインが描かれているTシャツを側においてあった洗濯籠に放り込み先程の問い掛けの答えを返した。
「だから一緒に入るんだろ?」
「出て行け」
 即答。
 見事なまでの即答であった。入るんだろ、の「だ」の文字を発生させるために唇の形を変える時点で、退出の命令が発せられていたかのように思う。逃げ出せはしないが、お前をここから蹴りだすことなぞ容易いぞとばかりに女のしっかりした脚の筋肉に力が込められる。足の甲の血管が青く浮き立っている。
 ドフラミンゴは顎を人差し指と親指でラインをなぞるかのようにさする。そして、その指をすいとミトの前へと突きだし、選択を迫る。
「無理矢理一緒に入るのと、おれと一緒に入るのを了解するの、どっちが良い?」
「下衆野郎」
「おーおー言ってくれる。ただ飯食わせてやってんだ。これくらいの御褒美はあってもいいんじゃねェか」
「ただ飯食わせたくなかったら、とっとと叩き出せ」
 喜んで出て行ってやるとミトは額の青筋をもう一本増やし、凶悪な面を形成した。下から見上げてくる強烈な視線にドフラミンゴは笑みをより深いものへと変えながら、腰を折って距離を縮める。サングラスはまだ取っておらず、色のついたガラスに映し出されるのは、凶悪な己の面であった。
 ドフラミンゴはくいと口角を持ち上げて、したり顔で笑みをこぼし、先程はぐらかされた二者一択を求める。
「できねェ相談だ。それで?どうするんだ?無理矢理入れてやろうか、それとも、大人しく言うこと聞いて一緒に入るか」
「もう一択入れろ。お前が出て行く、を、なッ!」
 ひょんと足を持ち上げ、ミトは男の急所とも呼べるそこを思いっきりこれでもかと言う程に強烈に蹴りつけた。正しくは、蹴りつけようとした。踵が睾丸を押し潰すすれすれで脚は止まり、ドフラミンゴの指はくいと曲げられていた。蹴るよりも指を曲げる動作の方が早いのは自明の理である。
 危ねぇ、とドフラミンゴは動きの止まった女の持ち上げられた脚を足首からゆっくりと撫でさする。くいくいと指を動かせば、ミトは歯軋りをしながら足を床に戻した。一歩、密着するかのように鳥はケダモノに近寄り、その尻を撫でる。締まった尻だが、男のような固さはない。かといって、大層柔らかい、と言うわけでもなかった。弾力のあるその感触を至極楽しいと言わんばかりの笑みを口一杯に広げて、手で満足するまで撫で回し、揉む。大きな掌は女の尻を容易く一掴みする。
 尻を、と不機嫌ここに極まれりと言わんばかりの声がドフラミンゴの下から響いた。睨みあげてくる視線は鋭い。
「尻を揉みたいなら、それを悦ぶ女を相手にしたらどうだ」
「フッフッフ、嫉妬か?嬉しいねェ」
「嫉妬云々の色欲めいた単語を覚える前に、嫌悪というマイナスイメージの単語の一つでもそのひよこ頭にたたき込め。放せ。不愉快だ」
 毒づいた女にドフラミンゴは仕方ねェ、としゃがみ、下着をそのままずるりと足首までずらすや否や、ひょいと鍛えられた体を持ち上げて脱がせると籠に放り込んだ。片手で相手の自由を奪うことを失念することはない。そして自身もさっさとベルトを外し、ズボンと下着を一緒に脱ぐと、先程パンツを放り入れた洗濯籠に同様に放り投げた。入る。ナイスシュート。
 風呂への扉を開け、ためられていた湯船に入る前にシャワーで汚れを落とす。コックをひねりミトの頭の上からざばざばと湯を浴びせた。短い髪の毛がぴったりと肌に付く。そのまま椅子に座らせ、シャンプーを取ると髪に振りかけてがしがしと力任せに地肌を洗う。ぎりっと歯軋りの音が聞こえたが、ここは聞こえないふりをしつつ、口笛を吹いた。シャンプーを洗い落とし、リンスを手につけようとして、それを一度止める。
「リンス使ってンのか?」
 開封された痕跡が見当たらない。使ってない、と短い返事が不機嫌そうにされた。
「使うと思って買っといたんだが」
「必要ない」
 端的に返される言葉の端々に苛立ちが覗き見える。この態度が軟化することは一生ないのだろうな、とドフラミンゴはそんなことを感じながら、ボディソープを取って泡立て、自身よりも随分と小さな背中を洗う。小さな傷が多いが、体の正面には大きな刀傷が残っている。随分と古い傷のようで、すでにその痕は皮膚になじんで体の一部となっているようにすら見受けられた。
 ドフラミンゴはごしりとその上を撫でながら、悪戯半分で傷の枠を指先でつつりとなぞる。案の定、止めろと制止の言葉が吐き捨てられた。言われたとおりに傷をなぞるのを止めた。体を操ったままの行為なので、ミトは身じろぎ一つ許されない。泡立てられた布がごしりと肌をこする。乳房を持ち上げる、ことはできずに、押し潰すようにして洗う。乳首を嬲るようにかすったが、反応が一切ないので面白くなくなってドフラミンゴは止めた。
 ミトの背中と自身の胸を密着させて脚まで手を伸ばし、腿を持ち上げて洗う。足の指先、指の間まで余すところなく丹念に洗った。一つ一つ痕を残すかのような洗い方にミトは顔を顰める。体を軽く浮かされ、尻の間まで洗われる。子供でもあるまいし、と憎々しげに思いつつも、操られているままではどうしようもない。この忌々しい能力さえなければ、とミトは海に居るであろう男を思う。
 今頃、新世界だろうか。お前の懐かしの。
 そんな思考を遮るようにざぱんと上から湯を掛けられて泡を洗い落とされる。ごしごしと最後に顔をタオルで乱暴に拭かれた。
「次はお前が洗ってくれるんだろ?」
「メイドでも呼んで来い」
 背中からのしかかられるように密着され、強請るような声に鳥肌を立てながらミトは舌打ちと共にそう言いきった。つまんねェなァとドフラミンゴは指を動かそうとしたが、何を思ったのか止め、適当に自分で体を洗うとミトを抱え上げて湯船につかった。二人分の体積が満杯だった湯船から湯が溢れ出す。
 完全密着を強いられた状態をミトは沸騰しそうなほどに怒りで湧いた頭で受け入れた。諦めるしかない。
 抱きかかえる体は随分と大きい。そう言えば、クロコダイルとも良く風呂に入ったなとミトはそんな事を思い出す。いつもいい加減にしろと怒鳴られた記憶もあるが、最終的には諦めて一緒に入っていた。背中を流し合ったりもした。クロコダイルの方は随分と溜息深く、がっくりと肩を落とし、他の男とはするんじゃねェと釘を刺された。そういえばそうだった。別にあいつ以外と風呂に入るつもりなど一欠けらもなかったのだが。つまりは、こう言った状況を危惧していたのだとすれば、自分の友人はちょっとした予知者である。
 背中の感触を頭から綺麗さっぱり消して湯の感覚だけを認識しているミトの耳に、ドフラミンゴが存在を思い出させるかのように声を掛けた。腹に後ろから回された片腕は外れそうにない。憎たらしい。
 その指がずりと体を引裂く傷をなぞった。
「これ、誰につけられた傷なんだ?」
「答える義務はない」
 取りつく島もない、素っ気無い返答にドフラミンゴはそう言うなって、と笑いながらミトの頭頂部に顎を乗せた。体が自由であれば、顎に一撃を加えるところである。
「いいじゃねェか。好きな女のコトを知りたいって思うのは当然のことだろ?」
「嫌いな男に自分のコトを知ってほしくないと思うのも当然のことだな。そろそろ出せ」
「おいおい、まだ体温まってねぇだろ。百は数えねェとな」
 ガキか。
 腹の内で毒づいて、ミトは溜息だけで苛立ちを表現した。ドフラミンゴは諦めずに言葉を続ける。
「なァ、教えてくれよ。教えてくれたら、明日は拘束具外して室内うろついていいぜ」
「解放しろ」
「断る。いいだろ、ナァナァ」
「…ッ」
 腹を締め付ける腕の力加減が一切できておらず、背骨をへし折る勢いで力が込められる折角治った体を再度壊されてはたまらない。背に腹は代えられない。ミトは渋々と口を開いた。
「海兵だ」
 零された答えにドフラミンゴは一瞬思考を止めた。
 この女がインペルダウンに収容されてから色々と調べ、己なりの考察を立てたが、それは女の口から出た答えとほぼ合致していた。七割型、の七割は見事に照合した。
 なぁ、とドフラミンゴはさらに問う。
「おめぇ、なんで海兵になんてなったんだ?」
「ならば、何故お前は海賊になった」
「おれか?楽しそうだからさ。単純に、楽しそうだから。フッフ、それだけさ。だが、てめぇは違うだろ?」
 最後のピースはまだ揃わない。最も重要な最後のピースである。クロコダイルだけが恐らく知っているであろう、その事実。ああおれも知りたい、とドフラミンゴはもう一度何故と尋ねた。
 ミトは一拍二拍、大きめに間を取り、答えない限り風呂から出してもらえないことを悟った。そして、たった一言、言葉を零す。ただ、一言。零れ落ちた言葉は、氷のように冷たく、湯の温度すら冷やしたかのように思われた。
 殺すために。
 そう、呟かれた。
 誰を、とドフラミンゴが再度問う。覚えてはいたいが、思い出したくはない記憶が爪で引っ掻かれて引きずり出される。絶叫、爆音、苦痛に満ちた声、転がった死体、鼻を突く硝煙と血の臭い。誰よりも憎い男たちの顔。高笑い。一瞬、体を浸していた湯が真赤に染め上げられた気がして、ミトは肌を小さく震わせた。だが、明かりの下の湯をしっかりと見れば、それは透明な色をしており、赤なぞ一つも混じっていない。悟られないように、は、と息を吐き出した。
 気分が悪い。ひどく。
 死んで逝く仲間の顔が脳裏を一つ一つ横切っていく。無くなった船長の首、背骨から腹を砲弾で食いちぎられた副船長。銃弾で頭を横に吹き飛ばされたコック。体も弾け飛んだ船医。大砲で胸から下を失った船大工。最後まで戦って、最後には銃弾を食らい地面に倒れた剣士。
 皆、死んでしまった。
 血の臭いが充満する。死の臭いが体に染み付く。頭が痛い。割れそうだ。
「どうした」
「…のぼせた。もう、満足だろう。出せ」
 クロコダイル、とミトは小さく聞き取れない程微かにその名を呼ぶ。縋ってきたつもりはなかったが、やはり甘えてはいた。側に居ないことでその存在感の大きさを改めて認識させられる。何も言わず、側にいてくれたその背中に少しでいいから凭れかかりたい。
 ドフラミンゴはそれきり黙りこんだミトを後ろから眺めて、諦めて湯から引き揚げた。迂闊に自由を返せば色々と危険なことになりそうなので、操ったまま、体を拭き服を着せ、足枷を嵌め直す。濡れたままの髪でミトはベッドに倒れ込んだ。ドフラミンゴはがしゃがしゃと髪を拭きながら、下着だけ身に付け、ミトが倒れ込んだベッドの端に座る。
「水いるか?」
「必要ない」
「…団扇で扇ぐか?」
「献身的な介護は薄気味悪い。止めろ。とっとと!」
 声を荒げ、ミトはそこで言葉を止めた。怒鳴りつけた声で冷静さを取り戻す。
「…気を使っていることには感謝する。だが、結構だ。必要ない。黙っていてくれるのが一番助かる」
 目を瞑り、ミトは頭の底にこびりついた死の渦から視線をそらす。それを受け入れられたとて、仲間の死に対する悲しみが薄れることはない。思い出せば心臓を抉るような痛みを伴う。死んだことはもう、分かっている。だがそれでも、せめて思い出の中の、思い出したい彼らはいつも笑顔であってほしいのだ。殺された瞬間の顔など、思い出したくはない。
 背中を、貸してくれ。
 側には居ない友を思い出しながら、ミトは引っ張りだされた記憶にそっと蓋をし、鍵を掛ける。仲間の死は、分かっていればいい。理解していればいい。認めていればいい。ただ忘れず、持ち続けていればいい。そして、幸せだった頃を何度でも振り返ればいい。それで構わない。そうやって、人は前に進むのだから。
 黙りこんで何も言わないミトにドフラミンゴは少々やりすぎたかとばかりに眉尻を下げた。
「悪かったよ。ナァ、機嫌直せって」
「別に、お前に怒ってるわけじゃない。それからお前と風呂なんぞもう二度と御免だ」
「分かった分かった。だから、機嫌直せよ」
 黙っていてくれ、頼むから。
 ミトの願いは聞き届けられず、ドフラミンゴはナァナァと不安げに声を掛け、体を揺らす。眉間に深い皺を刻み、ミトは分かったと了承した。
「怒ってないよ。怒ってない。だから、少し静かにしてくれ」
 普段であれば喧しい!と怒鳴りつけるところだが、今はそんな気力はない。ミトは溜息と共にゆるくそう吐きだした。一分一秒でも早く、静かな空間に頭を浸したかった。
「頭が、痛いんだ」
「氷枕いるか?」
「必要ない」
 捨てられた子犬のような視線を振り払いながら、ミトはドフラミンゴに背を向けたままそれきり黙りこんだ。ドフラミンゴは数度声を掛けたが、全く反応が無いことに諦めると、ごろんと下着姿のままその隣に転がった。
 何が悪いのか良く分からないまま、天井を見上げ、染みを探したが、染み一つ見当たらない天井は、ただただ視界に広がるだけだった。