どうも、お久しぶりです - 3/3

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 エースが最下層LEVEL6に来てからの喧騒は静まり、すでにエース自身がインペルダウンの空気に馴染んだ頃、がつがつと靴音が響く。ミトは顔を上げて、訪れた人を見た。そして、エースの時同様目を大きく丸くした。否、エースの時よりも驚いたと言った方が正しい。
「ガープ中将」
「おお、お前もこっちに居ったのか。息はあるのか、エース」
 投げかけられた言葉にエースは面を上げて、来訪者を呼んだ。それは名前ではなく、ジジイ、と立場を指し示すそれであったが。ミトは二人の会話を横で聞き流しつつ、大まかの流れを掴んだ。ある程度の予想はしていたが、大体一致していたので成程、それに間違いは無いであろう。
「おれのオヤジは……白ひげ、一人だ…!!!」
 エースの固い言葉とまっすぐな視線にガープは静かに言葉を紡ぐのを止め、軽く息を吐いた。そこまで言うならば何も言うまいと、しかしながら、何か言葉にはし辛い蟠りを胸に抱えたような表情でガープは一度石畳に視線を落とした。
 そして、ふとミトへと視線を向ける。
「ミト」
「お久しぶりです、中将」
 口角を小さく吊り上げたミトに、ガープは困ったように笑う。
「お前ともあろう人間が…何故とは、聞かんがな」
「中将は全てご存じのようにお見受けしますが」
「全ては知らん。全てを知っておったら、止めとったわい」
「止められたと?全てを知っていたら」
 ガープの言葉にミトは自嘲じみた笑みを浮かべた。エースは二人の会話を静かに聞いていたが、今一話の筋が読めていない様子で、眉間には軽く皺が寄せられている。会話の端々を拾うことで全体図を見ようとエースは試みたが、どうにも分かりづらい。
 ミトはガープを笑う。それにガープは首を軽く横に振った。
「復讐は、何も生まんぞ。お前が傷ついただけじゃぁないのか?」
「その二文字が無ければ、私はここまで生きてこれませんでした。そうでなければ、私はあの時あの場所で、既に死んでいた。殺す意思が私を生かした。私にとって海軍は、復讐を遂げるためのものでしたよ」
 残念ながらとミトは軽く肩をすくめて、疲れた目をした。見てみぃ、とガープは溜息と共に額をその皺の多い手で押さえる。
「そんな顔をするために、生きてきたわけじゃなかろうに…」
「望む形で死を与えられなかったのは、全く悔やまれるところです。中将」
 そこまでの会話で、エースはそれが、ミトが言っていた「殺した将校」の話だと言うことに気付く。自分の祖父(実の、ではないが)はある程度の内容を知っているように聞こえた。会話がどこか歪なのは、ミトの話が、ガープが真実を知っているか知らないか、それを断定できていないところから生じるものであろう。
 薄暗い目をしている、とエースはガープの方向へと視線をやっている女を見て思う。海であった時は、彼女は一度たりともそんな目をしたことは無かった。ここに来てからも、否、ここに来てから自分ははっきりと彼女の目を見ていないことに気付く。そんな余裕は一切なかった。
 中将、とミトは薄く笑う。
「それでも私は思います。殺せてよかった、と。私がここに閉じ込められて、一生手が出せない場所でのうのうと生きられるのは、誰が許しても、私が許さない」
「……」
 黙りこくったガープにミトは静かに続ける。
「船長を、家族を殺されて、許せるわけがない」
「船長?」
 エースはそこで初めて、驚愕を交えた声を発した。ミトはそれに気付き、ああと口を歪めた。
「私は、海賊だった人間だ」
 笑ったミトの顔は、どこか誇らしげで、彼女が海賊を愛していた理由をエースはどことなく勘付いた。彼女が乗っていた船は恐らく、彼女が尊敬する海の男の姿があったのだろう。それはきっと、自分にとってのオヤジと同一の存在があったに違いない。
「お前の素性は一切分からんかったからのぉ…わしは、ロジャーから聞いて知っとっただけじゃ。お前の船長とロジャーは良い友じゃった」
「分からなかったのは仕方ないでしょう。私自身、私の生まれを一切知りませんから。生まれた赤子を樽に入れて流されたのだから、まぁ仕方ないと言えばそうですが。尤も、お陰で変に勘繰られることもありませんでした。ただ、あなたが私の入軍を許可したのは、意外でした。尤も、私は中将との面識は無かったのですが」
「わしも小耳に挟さんどっただけじゃい。お前の船長が赤子を拾ったとロジャーが笑って言いよったからな」
 ふんと鼻息を荒くしたガープからミトは視線を床に落とした。
「いつも船長は自分たちを弱い海賊だと言っていました。謙遜が好きな人でしたよ。本当は、そんなに弱くもなかったのに。新世界で生きていられるほどの実力者だったのに。それをあの糞野郎共」
 く、とミトは口元を大きく歪め、目を細めた。耐えきれない怒りがその表情に浮かぶ。
「衆民を人質に取りやがった。財宝と地位目当てに。船長は情に厚い人でしたから、見殺しには、できなかった」
 ミトの告白をガープは眉間に深い皺をよせ、苦渋の表情で聞く。ミトは唇を戦慄かせ、壁に繋がれた手錠から下がる手で拳を作り、きつく握りしめた。強く握りしめすぎた手は掌に食い込んで鮮血を落とす。
「海賊がらしくもないと、まぁ、そう言う見方をされるのも仕方ないでしょう。でもあれは、卑怯以前の問題です。海の上で卑怯を語っても仕方がありません。お人好しだと言われたならばそれまでです。それでも!私は彼らを殺されたことを許せなかった」
 深く息を吸って、ミトはガープの瞳をひたと見詰め直した。
「ですから私は復讐を果たしたことを一片たりとも後悔していない」
「ミト…お前」
「私は海賊が好きだ、エース。自由を愛する海賊が好きだ。だから、できれば…お前を逃がしたい。白ひげにも、私はとても良くしてもらったから」
 独白を聞き終え、零れたエースの声にミトは顔を動かすと、エースに困ったような笑みを浮かべる。両腕が今自由にならないのが悔しいと、小さく笑っていた。
 二人の前で話を静かに聞いていたガープはゆっくりと立ち上がった。正義の二文字を背負ったコートがゆらりと揺らされる。
「…お前の全てを間違ったとは、もう、わしには言えんわい。そう言う馬鹿を野放しにしとったわしらにも責任はある」
「責任は誰に問うても仕方ありません」
「仕方ない、か」
「はい」
「…ならば、何も、言わん」
 背を向けたガープの背中に背負われている文字から視線を落とし、ミトはぼそりと呟いた。
「中将」
「なんじゃい」
「つる中将に伝言をお願いできますか」
 ガープは進めかけた足を止め、ミトの言葉を待った。止まった足音に、ミトは腹に少しばかり力を込め、声を発するために肺を動かした。
「お世話になりました、と」
「…馬鹿もん」
 すみません、とは謝らないミトにガープは深い溜息をついた。
 遠ざかっていく足音を聞きながら、ミトはエースに小さく笑う。
「あの人は、立派な海兵だ」
「…知ってる」
 よく。
 エースは完全に消えたガープの背中を思い出しながら、ミトの言葉にしっかりと頷いた。