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理解ができない。
ドフラミンゴは退屈そうに机の上に足を放り投げて、屋外の椅子に体を預けていた。空からは陽光が燦々と降り注いでいる。退屈さを紛らわす、それどころではなく、世界と白ひげ海賊団との戦争に胸躍る。近いうちに訪れるであろう「新世界」に期待で胸が一杯になる。それを考えるとそわそわと居ても立っても居られず、背筋が震えるような快楽が走り抜ける。
だが、その中で、やはり詰まらない部分が存在している。思い起こすは、あの背中。振り向かず振り返らず、伸ばした手を斬り払い、鋭い眼光で自分を心底拒絶した彼女。
今頃一体どうしているだろうか、とドフラミンゴはストローに口をつけ、グラスに入っていた炭酸水を吸い上げる。じゅぅと一口二口で半分ほどに減った。鮮やかな色をしたそのジュースはハワイアンな感じがしていたが、味は絶賛するほどには美味しくなく、かと言って、酷評する程不味くもない。当たり障りのない平凡な、刺激一つ無い味であった。
彼女は、まさに刺激の塊であった。
ドフラミンゴはそう思う。常々そう感じていた。膝を折ることも頭を下げることも知らず、「彼女自身の正義」だけの下に生きていた。彼女はよくよく、我々の正義と口にしたが、ドフラミンゴから見てみれば、彼女の正義は海軍の正義とは全く異なるように思えた。そして、世界政府の目指す正義とは全く別物の、寧ろ真逆のようなもののように思える。今でもそう思えてやまない。
そもそも、海賊を愛する海兵というのが奇妙な存在なのである。自分は大層嫌われていたが、とドフラミンゴは自分で考え、少し落ち込んだ。あそこまで嫌われてしまった「本当の」理由はもう気付いているが、こればかりはどうしようもない。欲しいものを手に入れて束縛して自分だけの存在にしたいと思うのは至極当然であるのだから。自分にとって。
おつるさんは、とドフラミンゴはつるのいつかの言葉を思い出す。彼女は赤犬か、スモーカーとよく似ていると言った。だがどうだろうかとドフラミンゴは首を傾げる。
クロコダイルと一緒に居たミトを見ていれば、彼女は赤犬やスモーカーよりもむしろ、青雉とよく似ているのではないかと考えさせられる。彼の男の正義とは「立場や状況によって変わるもの」であると聞く。ならば、ミトの「正義」とはまさにそれに最も近い。海兵でありながら、立場や状況に応じて海賊を愛する。
なのに何故、つるがミトを赤犬とよく似ていると表現したのか、ドフラミンゴには理解ができなかった。あのおつるさんが、とドフラミンゴは思う。観察眼に優れた彼女が読み誤ることは考えにくい。
頭を使うことは嫌いではないが、人の心情に関してあれこれと考えるのは疲れると顔を顰めつつ、ジュースの残り半分をドフラミンゴは綺麗に飲み干した。飲み干したグラスは隣にあった机の上にごとりと音を立てて乗せる。そして、そこに置かれていた紙の束を手に取った。それは、わざわざ調べさせた、ミトが殺した少将に関しての書類であった。そう厚くも無い点を考慮すると、親の七光りだけで引き立てられた人間だと言うことが良く分かる。絵に描いたような屑である。
報告書の三行目でドフラミンゴは読むのを止めた。あらゆることを調べろと命令したので、経歴等も含めれば三枚程にも及ぶが、どう考えてもそれに目を通す程の価値があるとは到底思えない。溜息を一つ吐く。ばらばらと紙を捲り、机に放り投げようとして、そこでドフラミンゴは投げるのを止め、最後の一文に目を通した。
「フッフッフ、フフ…」
口元から馬鹿にした笑いが零れる。海軍本部の少将がここまで腐っているとは全く世も末である。どうやらこの男は、海賊と組みし、他の海賊を討伐したり、金品を奪っていた経歴があった可能性がある、と書き記されていた。
ああ成程、とそこでドフラミンゴは七割型を理解した。
ミトが七武海という制度を嫌っている理由。それから海軍に所属している理由。そして最後は仮定ではあるが、彼女が少将を殺した理由と、クロコダイルと知己であるという関連性。
もしもそうであるならば、全てに繋がりが持てる。そして、おつるさんの言葉も全て納得がいく。
「しかしナァ」
それを確認しようにも、確認するための人は既に鉄壁の監獄に収容されてしまっている。ああ、とドフラミンゴは溜息をつき、机に乗っていた空のグラスを手に取ると、目の前に開けているプールに投げ捨てた。ぽじゃん、と水が跳ねて沈む。
四角に囲われたプールを見る度に、ドフラミンゴは考える。
これは、自分が望むミトとの関係ではないだろうか、と。そして彼女が嫌う関係だろうと。プールの枠が自分で、水が彼女。水いつでも枠の外に溢れようとしているのに、それを押さえつける枠。水は思うのだろう。広がりたいと。蒸発し、空中で四散し、空で冷えるか海で冷えるかしてまた水に戻り、大海に還る。
「ミト」
名前を呼ぶが返事などあるはずもない。彼女が自分の名前を呼んだことは無かった。呼ばせたことはあったが、あれは名前ではなく、単なる文字の羅列に過ぎなかったのだろう。ドンキホーテ・ドフラミンゴ、とそう呼ばれても嬉しくとも何ともなかった。クロ、と呼ぶあれは想いが込められており、それ自体が名前として機能していた。
ああどうして。
幾度問うても詮無いことをドフラミンゴは思い悩み、そして空を見上げる。手を広げて伸ばせば、振り注ぐ光が遮断され、手の形の影が落ちてくる。落ちてくる光はまるで。
「会いに行ってみるか?」
フッフとドフラミンゴは口から小さな笑いをこぼす。
行ったところで、どうせ自分に向けられる視線の種類なぞ分かり切っているのに。監獄から連れ出すことも不可能で、無理矢理自分のものにすることも不可能だと理解しているのに。
「馬鹿馬鹿しい」
今は、すぐ間近の戦争にだけ心を揺らそう。
ドフラミンゴは手に持っていた書類を投げ捨てた。投げた紙は水面に散らばり、やがて水面に沈んだ。