いじらしい

 分かった、阿含に渡しておくよ。

 2月14日。聖バレンタイン。日本の女の子にとって、好きな男の子に告白できる一大イベント。成功すれば天国にも舞い上がれる日。失敗すれば地獄に叩き落される日。

 勇気を振り絞って、前日震える手で作ったチョコレートを可愛くトッピングした箱を押し出す。

 好きです。

 この一言に全部の想いを込めた。突きだすように差し出した箱を筋の張った手が受け取る。思わず顔を上げた。綺麗に剃り上げられた頭の下で、少し困ったような笑みが浮かべられている。

 そうして私の中学時代における一世一代の告白は幕を下ろしたのである。

 巷で噂の金剛兄弟とはお隣さんで、幼稚園、小中が一緒で、いわゆる幼馴染というものである。実際家族間の交流もあり、よく泥だらけになって遊んだ。流石に男子高である神龍寺にまでついていくこととはならず、近くの進学校に収まった。高校に進学した段階で、金剛兄弟は寮暮らしとなったので、お隣さんという点も消えて失せた。

 スタバで頼んだホットのカフェラテは冷え切った指先をゆっくりと暖めた。

 スマートフォンを指先で操作するも、メールの返信は来ていない。金剛兄弟とは今でもメールをやり取りする仲である。阿含はメールの返信が比較的早いが、雲水は非常に遅い。一日放置されることもよくあるので、返信は百も承知である。

 テーブルを挟んで向かい側の空いている席に乱暴に男が腰掛けた。威圧的なサングラスと、不良よろしく長いドレッドは周囲から人を払うのに十分だった。

「よお」

 郁はスマートフォンから目を離し、黄土の独特な制服をだらしなく身に纏う幼馴染へと目を向けた。一見恐ろしい外見も、十数年見ていれば慣れたもので、恐怖など欠片もわき上がってこない。

「何か用?」

「シケた面のブスが座ってるから顔拝みに来ただけだ」

 あっそ、と郁はそっけなく阿含の言葉に腹を立てながらも流す。まともに受け合うだけ時間と労力の無駄であることは、成長過程でよく学んだ。

 阿含は郁の手からカップを奪い取り、冬の冷たさにやられた指先を温めた。返してと郁は訴えたが、阿含は口元を楽しげに吊り上げるだけで、決して返そうとはしなかった。郁は早々に取り返すのを諦めて、学校で出された宿題を片付けるべく教科書を取り出したが、それも簡単に奪い取られ、こんなのも分かンねーのかよと馬鹿にされる。

 兄と違って、この男は人を馬鹿にすることにしか労力を費やそうとしない。

「ちょっと。邪魔しないで」

 手を伸ばして阿含の手から教科書を奪い返す。彼の身体能力からすれば、郁の手を躱すことなど赤子の手を捻るより簡単なのだから、奪い返したというよりも素直に返却したという方が正しい。

 乱暴に掴まれたために折り目のついてしまった教科書を丁寧に伸ばす。

 そゆとこ、雲子みてえと眼前に座る双子の弟は小さくぼやくように呟いた。双子の兄の名前に郁は敏感に反応して顔を阿含の方へと勢いよく向けた。サングラス越しに見えた瞳は、ひどく楽し気に歪んでいる。

「なぁに?お前まだ片想い続けてんのかよ」

 笑う。

 阿含の心ない言葉に郁は唇を噛み締め、一体それは誰のせいなのかとしかし決して阿含のせいではないことを自覚しつつ、その責任の一端をなすりつけた。

 そう、それは中学二年のバレンタイン。意を決しての一大告白は露と消えた。雲水の思い込みと、自分の言葉足らずのせいで、それはもう呆気なく。

 郁は今でもその時のことをはっきり思い出すことができる。あの日は大層寒く、雪がちらついていた。指先はかじかみ、互いの鼻先は赤く染まっており、雲水の坊主頭はいっそう寒そうに見えたものだ。

「ほっといて。どうせ片想いなんだから」

 ノートを開き、シャーペンで教科書の問題を解いていく。少し難しい問題に詰まれば、阿含は郁の筆箱からボールペンを手に取り、ヒントのようにノートに書き足す。油性のボールペンで逆さまに書くものだから、また後で丁寧に書き直す必要が出てくる。

 やめて、と郁は阿含の手からボールペンを取り、筆箱に戻すとふたを閉めた。

 バレンタインの翌日、阿含は笑顔の底に恐ろしい色をその目に浮かべていた。ちょっと来いよと首根っこを引っ掴まれて屋上に連れ行かれると、壁にひびが入る蹴りを体の横に叩き込まれ、膝が自然と笑った。

 なに、なめた真似してくれてんの。

 金髪にサングラス。加えて驚異的な暴力。腰が抜けそうになる。阿含の手に持たれていたのはあの日雲水に手渡したチョコレートの箱だった。それは阿含の手から離れてコンクリートの地面の上に落ち、小さく跳ねた後、上履きに容赦なく踏まれた。中身は、言うまでもない。

 付け上がりやがってと続いて振り上げられた拳に、郁は阿含を反射的に睨みつけた。雲水への淡い恋心が詰まったチョコレートは無残な姿へと変貌してしまっている。口をついて出てきた言葉は、バレンタイン当日には言えなかった言葉である。

 あんたのじゃない。雲水にあげたのに。雲水に、あげたんだから。

 そこでようやく弟は双子の兄が早とちりをした事実に気付いた。眼前で大粒の涙をこぼし、しゃくりあげながら泣いている幼馴染の姿を見下ろす。

 しかし、それでも阿含は不愉快であった。

 今迄雲水に近づく女はいなかった。弟の存在に兄が見事に霞んだからである。阿含はそれでいいと思っていたし、これからもそうあればいいと思っていた。才能の差故に屈折してしまった兄弟の仲に、第三者が介入することを阿含はよしとしない。それは、幼馴染の郁とて同様だった。

 二人の閉鎖空間によそ者はいらない。

 この才能の差を何度見せつけられ、周囲から心ない言葉を投げつけられてもなお、兄は唯一、阿含という才能の塊に並び立とうと必死になって努力をしている。その様は、雲水を雲水足らしめるものであるし、阿含自身大層嬉しかった。

 皆、口を揃えて言うのだ。お前は特別だと。そして努力することもせず、ただただ羨望し、追いつこうともしない。阿含はそういう連中は反吐が出るほど毛嫌いしていた。そういうカスに限って、雲水のことを弟と比較して貶すのだから辛抱ならない。

 阿含の馬鹿、あんたのせいなんだから。

 郁の拳が阿含の胸板を叩く。人のせいにするんじゃねーよ、ブス。少しばかり手加減をして頭を殴る。それでも胸を叩く手は止まらなかった。

 兄はこの事実を知ったら喜ぶだろうか。

 阿含はひどく生真面目な兄の顔を思い出す。しかし、この事実を教えてやる気にはならない。尤も、郁が雲水のために作ったチョコレートは既に踏み潰してしまって食べられる状態にはない。

 わんわんと泣く幼馴染を阿含は一言、ブスと罵倒した。

 阿含は郁のカフェラテに口をつけ、中身を半分ほど飲んだ。既に郁はカフェラテのことは諦めていた。

「阿含ってモテないよね」

「あ゛?誰のこと言ってやがる」

 女を常に侍らせ、童貞ははるか昔に卒業した男へ言う言葉ではない。しかし、郁は阿含はモテないと現在進行形で思っていた。

 機嫌を損ねたのか、幼馴染は乱暴な一撃を机の上に叩きつける。直ぐに手が出るのはこの男の最も悪い癖である。兄にも余程注意されているだろうにと郁は思う。

 机の上に広げていた教科書とノート、それに筆箱を駄目にされる前に手早く鞄の中へしまい込む。

「だって」

 郁はそこで言葉をのむ。

 ちょっとどころではない悪そうな雰囲気と、あるいは彼が可愛い女の子を引っ掛ける時に好青年を演じるから、釣れるのである。それは決して阿含の性格や内面を知った上で傍にいてくれるわけではない。この気性の荒い傲慢な弟の全てを許容し、傍にいるのは双子の兄である雲水くらいのものである。

 黙り込んだ郁へと阿含は手を伸ばし、乱暴に頭頂部の髪の毛を掴むと痛いくらいに引っ張る。

「言ってみろよ。あ゛あ゛?」

 凄みを盛大にきかせた双子の弟は周囲の空気が凍るほどに恐ろしさを滲ませている。

 しかし。

 しかし、と郁は思う。

「痛いから放して」

 雲水と阿含の関係が一見してはっきりと変わったのに気付いたのは郁だけだったのかもしれない。中学三年生、最後のアメフトの試合は今までの試合とは全く違っていた。そして、雲水の阿含に対する態度も一変していた。あの二人変わったね、と郁はクラスメートにぼやいたことがあったが、そうかなとあっさり返された。

 何があったのか郁が聞けるような雰囲気でもなく、結局その答えを聞かないままに二人は同じ高校に進学した。

 高校進学後、初めて観戦した試合を見た時、郁は今まで感じていた違和感を驚くほど素直に納得してしまった。

 雲水は、諦めたのだ。

 阿含より郁は雲水をずっと見てきていた。幼稚園、小学校低学年くらいまでは阿含との才差は自慢にもなった。ただ、ある程度の年からそれは差別じみた心ないひやかしへと変貌した。阿含はそれを一等嫌っていたが、その程度で無意識の差別がなくなるはずもない。

 それでも雲水は阿含に負けず、決して努力を怠らなかった。アメフトをしている時の雲水はそれはもう、体の血が沸騰するほどに格好良かった。

 二人はその日まで、歪であることすれ、同じ場所に立っていた。

 試合が終わり、郁は雲水に差し入れを持っていった。すごかったね、と郁が発した感想を雲水は阿含があってこそだと笑った。少し後ろに立っていた阿含の目は一瞬凍りついたようにすら見えた。直ぐに阿含は雲水の坊主頭へと手を伸ばし、ぐりぐりと手を回すと、カスなんざぷちっと潰してやると悪い顔をした。

 雲水は、阿含と一緒であることを諦めた。

 汗臭い防具ごと、郁は思わず雲水を抱きしめた。郁、と焦ったせいで上ずった雲水の声が耳の横で重たく響く。泣きたくなった。涙腺が刺激され、目の奥がひどく熱い。

 抱きしめた体が乱暴に引き剥がされ、芝の上にそのまま突き飛ばされる。サングラスをかけた雲水と同じ顔の男が伸ばした腕は雲水と郁の間に入っている。無様に尻もちをついた郁に、雲水は弟を一言叱り飛ばし、手を伸ばして立たせた。

 双子の弟の行動は、兄を過剰に守ろうとした反応の結果のように見えた。

「とっかえひっかえ、一定の彼女がいたことないじゃん」

「…は、それはモテねえんじゃなくて、モテすぎた結果だ。あ゛ー天才様はつらいぜ」

 阿含は機嫌を直したのか、掴んでいた髪の毛を指先から外し、音を立てて椅子に戻った。抜かれかけた頭髪をいたわるように擦る。

 高校生になった阿含は以前にもまして、才能がない連中をカスと罵り嫌悪する傾向が強くなった。潔癖とさえ言える彼の行動は事情をしる郁から見れば、いっそいじらしい。

 弟と一緒にいることを諦めた兄を、弟は本当に選ばれた者しかいない空間に保つことで兄へと捧げている。態度ややり方は問題だらけだとは思うが、それはきっと阿含なりの贖罪にすら郁には思えた。

「あ、そうだ。これ」

 郁は思い出したように鞄をあさり、可愛くラッピングされた紙袋を阿含へと差し出した。阿含は眉間に深い皺をよせ、出された紙袋を受け取った。

「誕生日プレゼント。随分遅くなってゴメン」

「…半月以上前だぜ?」

「なに、その手は」

「何って雲水のヤツ出せよ。渡しといてやる」

 この男は雲水の近くに他人が近づくのをひどく嫌がる。郁は口元を軽く引き攣らせ、拳を机に叩きつけて笑顔を向ける。

「私が、雲水に、直接、渡すから」

「遠慮すんなって。フラれ女が縋りつくサマは見苦しいぜ」

「ざっけんな。まだフラれてまーせーん!いつかあんたは私のこと義姉さんって呼ぶ日がくるから」

「は!ねーよ!妄想はげしーんだよ!ブス!仮にそう呼ぶことになったら、いびり倒して叩きだしてやるよ!」

「陰険な小舅なんてさいってい!というか何で一緒に暮らしてる想定なのよ!このブラコン!」

「黙ってろ!ブス!」

 強烈なデコピンを食らい、郁は背凭れに勢いよく仰け反る。阿含は早速とばかりに渡した紙袋を乱暴に開けて中身を確かめる。まだ新品のリストバンド二個がおさまっている。

「なんで二つも入ってんだ」

「…その女とセックスすることしか考えてない脳味噌働かせてみれば」

 郁はデコピンをされて赤くなった額をさすりながら立ち上がり、阿含の隣を歩いて店を出る。後ろで喧しく怒鳴る声が聞こえたが聞こえないふりをして自動ドアをくぐり、人混みにまぎれる。

 吐く息は白く、ぶるりと身を震わせた。制服のスカートから伸びた足は冷たい風を受けて鳥肌が立っている。

 人混みの中、郁は見間違えることのない坊主頭を発見した。人をかき分ける様にしてそちらへと走る。

「雲水!」

 この寒いのに神龍寺の制服をきっちり着こなしているだけの姿なのに、寒さを一切感じさせない。しかし、すっきりとした項は寒さで少し赤くなっている。

 鍛え上げられた大きな背中に郁は迷わず飛び込んだ。

「郁」

「へへ」

 見上げれば雲水の困ったような顔。片手には本屋の袋がぶら下がっている。

「参考書?」

 隣に回って郁は尋ねるが、雲水が本屋に行く理由などアメフトの雑誌か勉強のための参考書くらいしかない。分かっていながら訪ねるのは、雲水の声が聞きたいからに他ならない。

 雲水は郁の質問にああと笑って答えた。

「数学の。今から帰りか?」

「うん。あ、そうそう」

 郁は肩にかけていた鞄を前へと回し、中を探ると先程阿含に渡したのとは異なる紙袋を雲水へと差し出した。

「これは?」

「誕生日プレゼント。なかなか渡せなくてゴメン」

「…有難う。開けてもいいか」

「うん」

 雲水は手渡されたプレゼントの封を切り、中身を確認すると、その表情を一気に明るくした。目がキラキラと輝いている。そんなに嬉しそうな顔をされるとこちらまで嬉しくなる。郁は顔をゆるんでしまった顔を戻そうとかじかんだ両手を頬に添えた。

 参考書の入った袋を脇に挟み、雲水は大層嬉しそうに両手で誕生日プレゼントを持ち直した。

「これ、どうしたんだ。手に入れるの難しかっただろう」

 入手困難なアメフト雑誌を雲水は中身を嬉しそうに眺めながら、ほくほくといった表情を浮かべる。

「雲水、喜ぶと思って」

「…嬉しい。すごく嬉しい。有難う、郁」

「どうたしまして。あ、それからね」

 郁はさらに鞄を探し、手編みのニット帽を取り出して雲水の頭にすっぽり被せる。夏から編み始めてようやく完成したのだから随分と時間がかかってしまった。郁の思惑通り、選んだ毛糸の色は雲水にとてもよく似合っている。

 雲水が笑顔を浮かべている、それだけでもう郁は天にも舞い上がりそうな気分であった。

「これは」

「えっとね、その、編んだの。この時期になると雲水、頭寒そうでしょ?」

「まあ…坊主頭だから。だがここまでしてもらうわけには」

「い!いいの!いいのいいの。私にはその色似合わないし、雲水がもらってくれたら私も嬉しい」

「…そうか。なら、もらうよ。有難う」

 そう言うと、雲水は郁の頭をくしゃりと一撫でした。あまりに嬉しくて卒倒しそうである。

 真っ赤になった頬に添えられている郁の指先が冷たさでかじかんでいるのを雲水は目に留め、冷たそうだなと自然な動作で手に取った。その手を両手で挟み、幼い頃のように暖かな息を吐きかける。冷え切った指先から心まで温まる。

 傍から見たら恋人のようと郁は目を細め、高鳴る心臓を一生懸命押さえる。ずっとこの時間が続けばいいのにと思う。ささやかな幸せに瞳を閉じかけたその時、繋がる手を払うように大きな体が割入る。縄のようなドレッドヘアーが乱暴に振り回された。

「あ、ご」

「阿含。なんだ、お前も外に出ていたのか」

「出てたのかじゃねーよ」

 そう言うが否や阿含は目敏く雲水が手にしているアメフト雑誌を奪い取る。雲水がああと嬉しそうに破顔する。

「郁がくれたんだ。誕生日プレゼントに。いいだろう?」

「…へーぇ?」

 阿含は肩越しに郁を見下ろす。口元は笑っているが目は全く笑っていない。しかし、郁も負けじと睨み返す。わざと間に入ってきたのは嫌がらせに他ならない。阿含の大きな体が真ん中に入ってしまえば、郁は雲水の顔を見れないし、雲水も郁を見ることは難しい。

 郁は声を張り上げ気味に、冷たい手をさすり合わせながら言った。

「雲水がすごく喜んでくれたみたいで、私もとっても嬉しい」

「んなことより、このクソだっせぇ帽子はどうしたよ、雲子ちゃん」

「これか?これも郁がくれたんだ。とってもあったかいよ」

 阿含の歯軋りの音がリアルに聞こえた気がした。郁は双子の弟の殺気立った背中に思わず半歩下がる。

 雲水は阿含から伸びてきた手を払い落とした。頭にかぶったニット帽をとろうとした手は体の横に降りる。何するんだ、と雲水は眉間にしわを寄せ叱る。盛大な舌打ちが冷たい空気に振動する。

 でも、と郁は思う。

 兄の隣に立つ弟は待っている。兄が、また、いつかまた自分を追いかけて来て隣に立ってくれる日を待っている。

 今、歩いているように。

 兄のために他の追随を決して許さない弟の姿は痛ましい。弟を別格の存在として扱うことで自分を保つ兄も痛ましい。歪な兄弟。

 阿含は咄嗟に懐に手を入れると、二つあるリストバンドの内一つを雲水の手に乱暴に嵌めた。ほら、と笑う。

「雲水。てめえのリストバンド随分汚れてたじゃねえか」

「いいのか?有難う、阿含。なんだか、今日は物をもらってばかりだな」

「気にすんなって」

 郁は阿含の横腹を肘で小突いた。阿含はそこでようやく郁のプレゼントの真意を知り、一度は口をへの字に曲げるが、貸し一つだと唇だけで郁に伝える。

 久々に見た雲水の笑顔に郁はほっぺを林檎のように赤くして、間に入った阿含の裏をかくように雲水の左手側に回った。雲水の隣で、阿含が僅かに不機嫌さをのぞかせたが、それはすぐに鳴りを潜めた。貸し一つはすぐに消えてなくなったようだ。

 金剛阿含という男は、まったくいじらしいのである。