水葬

 赤髪の三本傷が刻まれた髑髏が水平線の向こうへと消える。
 凪いだ海に浮かぶ雲は、青く澄み渡った空をゆっくりと泳いでいる。空を覆い隠してしまう程に大きく、逞しく、立派で、雄々しく、敬愛した男はもういない。今はただ、作られた墓に掛けられた外套が揺れるのみである。隣にひっそりとあるエースの墓にかかった帽子は、まるでその背中に守られるようにしてあった。風からも雪からも雨からも、あらゆる物から、死してなお偉大な男は息子を守り続けることだろう。
 マルコはこぼれ落ちそうになった涙を目を細めて耐える。これ以上泣いてしまっては、笑われてしまう。意志だけを自分たちの心に残して逝ってしまった、最も敬愛した、否、敬愛している男に、その大きな手で頭を撫でられ、笑われてしまうことだろう。一度地面に落とした視線を、マルコはふいと広がる海に向けた。
 進まねばならない。
 海賊ならば。海賊だから。海賊だからこそ。
 立ち止まることを、あの人は望まない。
 逞しい手で、背中を押す風が吹き抜ける。新しい時代に、自分たちに、その背で持って道を切り開いた漢に顔向けができなくなる様な事はできない。進まねばなるまい。進まねばなるまい。死を悼み続け、涙を流して、その死に縛り付けられるのは、申し訳が立たない。
 進まねば、なるまい。
 マルコは白ひげの墓へと向き直った。そして、それに寄り添う墓にも微笑む。
「行くよい。オヤジ、
 エース、と名前を続けようとしたが、その声はマルコ!と男を呼ぶ声で遮られた。酷く慌てた声に、マルコはどうしたよいと声のした方へと顔を向ける。肩で息をしながら船員の一人が顔を青くして、船を指差した。それは何十年も自分たちを支えてきたモビーディック号ではない。その事実にマルコは眉間に軽く皺を寄せたが、今はそれどころではない。
 走ってきた男は、息を一つ吐き出し、乱れたそれで一番隊隊長の名を呼び、思考を寸断した理由を口にした。
「ヴィグの奴が…!血ィ吐いて…ッ倒れた!」
「…なんだ、よい」
 それは、とマルコは唇を噛んだ。また、失わなければならないのか。ぞくりと背筋を嫌な感触が走り抜け、なだらかな丘を報告に来た男を放って駆けた。陸から船に掛けられた橋を乱暴に踏み、内部を走る。人に肩がぶつかるが謝る時間すら惜しく、マルコは狭い廊下を走った。向かう先は医務室。勝手の分からないその船だが、ある程度の構造は頭の中に入っている。迷うことなく、そこへと走る。走る。
 部屋の前には数名の仲間が、中にはジョズも居り、彼らはマルコを見て気の毒そうに視線をそらした。ぎり、とマルコは歯を食いしばる。
「退け!」
 押しのけ、部屋に足を踏み入れる。簡易で作られたベッド。隣に寄り添うは船医。側に落ちていた布は血の色で染め上げられていた。苦しげな呼吸音が部屋に響き続ける。
「…マ、ァ゛る、こ」
「ヴィグ!おめぇ、どうしたよい!さっきまで、普通に」
 普通に立って歩いていた。マルコは酷く青ざめた男の顔を見てそう声を荒げかけた。だが、そこでふいに口ごもる。
 考えてみれば、彼は二度にわたり船長を失ったのだ。その心痛、想像するに難くない。オヤジを失って悲しい気持ちは皆同じだが、この男はそれを二度味わっている。二度。二度。心に穴が空く。普通で居られるはずなど、考えてみればないのだ。痛みなど忘れてしまう程に、感情など捨て去る程に。
 おそらくは、先の戦で居った傷の痛みですら、忘れていたのだろう。折れた肋骨の痛みすら忘れる程の喪失感。ヴィグ、とマルコは名前を口に残した。何かの拍子で折れた肋骨が肺を深く破ったに違いない。
 げほ、と横を向いた男の口から血液が零れる。船医が眉間のしわをより深くし、首を横に振った。愕然と、しかし冷静にマルコの頭はそれが一体どういう意味を持つのか悟った。絶対的なそれが、そこに広がっている。逃れようの無い、それが。ただただ、目の前に。
「肋骨が、肺に刺さってる。モビーディック号の設備なら何とかなったが…この船では」
 駄目だ。
 絶望が突きつけられた。すとん、とマルコの目の前に暗闇が落ちた。また失わなければならない。オヤジを、エースを、仲間たちを。また、失わなければならない。何人も何人も。心が引裂かれそうだ。
 ヴィグは元々この船の男ではなかったが、彼の元の船長が白ひげと懇意であったためによくよく遊びに来ていた。彼らが来た日は宴会であったし、それぞれの航海の話をお互いにしあった。笑い話から、間抜けな話まで。様々に。女の話もよくした。その船に乗っていたミトにはしょっちゅう手を焼かされて、ヴィグと一緒に追いかけまわす羽目になったりもした。
 付き合いの長さで仲の深さが決まるわけではないが、マルコにとってヴィグは一種親友に近い人間であった。彼の海賊団が壊滅し、白ひげ海賊団に迎えられた時には相談に乗ったし、相談にも乗ってくれた。不思議と何故だか馬があった。オヤジの誕生日には毎年、こいつと一緒に何か大きなプレゼントをしたし、宴会の時は倒れる程に酒の飲み比べもした。戦闘の時は背中を預けたりもしたのだ。
 戦友(とも)だった。
 マルコは咳込み、血を吐く男によろよろと近付いた。苦しげな顔が、目に入る。しかし、ヴィグは笑った。ひゅうひゅうと奇妙な呼吸音を響かせながら、ヴィグは近付いた男に話しかけた。マルコの顔を揺れる視界で見、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「わり、ぃ…だめだな、こりゃ」
「駄目な、こと、あるかい。気をしっかり持てよい」
 はは、と小さな笑いが吐き出される。死を悟った顔をしていた。そんな割りきりの良い顔をして、生にしがみ付くことを諦めてしまうなとマルコは思わず叫びたくなったが、本人の体は彼ほど分かる者は居ない。気をしっかり持ったところで、肺の穴が塞がるわけでもない。
 ヴィグはマルコから一度目を放して天井を見上げる。見上げたのは天井だが、彼の瞳に映っているのはまた少し別の光景であった。二十年以上も前の、喪った時の光景。途切れてしまった、ばらばらになってしまって拡散していく船のコエの場所に帰った時、船はそこになかった。残骸すらも、何もかも。自分の能力があれほど厭わしく思われたのは、あれが初めてであった。知りたくなかった。死んだことを、自分の知らぬ場所で自分を置いて逝ってしまった仲間たちを、認めたくなかった。それでも、自身のコエを聞く能力は煩わしい程にその事実を目前に突きつける。誰のコエもしない海の上で。ぽっかりと一人になった。
 ひゅぅとかすれた息を零し、ヴィグは安らかに頬を緩めた。吸った分の空気はひょうひょうと肺に溜まらず呼吸になりはせず、酷く苦しいが、心だけは薙いだ海のように静かだった。
 置いて逝かれはした。しかし、最期の言葉も聞けた。その背中に涙することもできた。あの人の、オヤジの遺志は今でも耳に肌に、しっかりと残っている。今度は取り残されたのではない。今度は、背中を押された。行けと、大きな手で、背中を押されたのだ。立派な最期をみとれた。
「よか、った…『今度は』みおく、れた」
 誰を、というのは最早長い付き合いとなる分、マルコには聞かずとも分かることだった。
 唇を固く噛みしめる。言葉が出てこない。なんと声を掛ければいいのか分からない。死にゆく友に、どう、声を掛ければいいのか。気休めの言葉は、おそらく通じない。
 ヴィグは苦しげに呼吸をし、その合間からマルコへと言葉を渡す。握られた手が、最期の力を振り絞って強く力を込める。唯一つの心残り。自分の可愛い妹分。家族と、再び合ってから二度と言わせてくれはしなかった。死んだ顔をして、疲れ傷つき、それでも悲しい顔をして海を眺める自分の妹分。
 あいつは、生きているのだろうか。
 ヴィグの脳裏に戦場でふと見かけた背中がよぎる。死に場所を探しているように見えた、その背中は、あっという間に人ごみに消えた。だが何故だろうか、ヴィグにはどうしてもミトが死んでいるように思えなかった。何故かは分からない。自分の呼吸音が喧しく耳を打ち、普段であれば澄んで聞こえるコエは酷くかすれてしか聞こえない。それは、死が自分の体を包み始めているからだろうか。ヴィグは薄く笑う。
 この能力も万能ではなく、意識の無い人間のコエは、いくら集中したところで聞きとることができない。また対象者が海楼石に触れている、もしくは囲まれた場所に在るのであれば、そのコエは海楼石に負けて届かない。また、あまりにも距離が開きすぎれば、同じように耳を相当済まさなければ聞こえないのだ。波が荒れた日などは全く役に立たない。尤も、今の自分にとっては、直接的に肌に触れなければ誰かのコエを聞くことすらかなわないだろう。
 死が、また一歩、足音を立てた。ヴィグは言葉という願いを紡ぐ。
「あいつ、もし、生きてたら、頼む…マルコ。もし、生きてたら…生きてたら、ミトを、あの馬鹿を、頼むよ…」
「分かった!分かったから、もう喋る、ない…」
 ひゅうひゅう。肺に空気が送られず、声はひどく弱い。一つ音を作るのだって、一体どれほどの痛みを伴うことか、マルコには分からないが、それは相当なものであろうことは理解できている。酸欠で青褪めている顔には死相がくっきりと浮かんでいた。今一番ヴィグに必要なものは何か、マルコは薄々感じ取っていた。だがもう少し、とそれから目を背ける。
 ヴィグはぼやけて行く視界の中で、ひたりとまた足音を立てた死に気付く。それはもう、自分の真横に来ていた。
 今度は見送れたとそう思う。レオル船長の時は死の間際に立ち会えなかった。こういえば、ミトは間違いなく殴りかかるだろうが、自分もそこに居たかった。彼の船員の一人として、どこまでも共に行動したかった。だから、羨ましかった。結果的にその死の光景はミトという自分の家族を破壊したわけだが。それでも、思った。一人だけ、一人だけ、と。疎外感だった。突然消えた船。消えた仲間。突きつけられた、虚無。絶望は深かった。
 二人目の船長、白ひげの下でもう一度海賊として歩き始め、少しずつ昔の事を新しい思い出に書き変えて行った。時折その懐かしさに心を寄せる程度になった。過去を思い出にしながら歩き続けた。新しい仲間。新しい家族。
 二度と失うまい。二度と、絶対に。置いていかれるまい。そう、固く心に誓って。
 息が苦しく、酸欠に喘ぎながら、ヴィグはマルコの腕を取った。口元に耳を寄せ、マルコはかすれる声を一言も漏らさぬようにと耳をすませた。朦朧とした意識の中で、ヴィグは辛うじてマルコを捕える。
「死んだら」
「縁起でもねェこと!」
「死んだら、なァ…まるこ」
 受け入れなければいけない事実を突きつけられ、マルコは項垂れた。握りしめた手の力がだんだんと弱くなっていることに気付く。呼吸音が酷く苦しげに響く。苦しいのだろう。空いた手は胸を掻き毟るようにして握りしめられている。
 分かった、とマルコは頷いた。
「オヤジの横に」
「い、や…海に、帰して、くれ…あそこには、おれの…家族が、いる…だ。せんちょ、に…ふく、せんちょ…ミトのこと、あいつのこと、きっと、心配してるから…言いに、いかねぇ、と…オヤジには、えぇ、げほ、スっ、え、ほっ」
 強く咳込んだそこから、血がぼたぼたとシーツを汚す。薄汚れた赤が散らばっていたシーツにさらに真赤な赤が吐き足される。マルコは開かれたヴィグの目が酷く虚ろなことに気付いた。もう、おそらく意識も殆どないのだろう。
 彼は今どこに居るのだろうか、とマルコは握りしめた手に思う。サッチが居たころの、エースが居たころの、オヤジが居たころの船か。それとももっと前の、白ひげ海賊団に入る前の、モノクルのレオルが率いていた海賊団に所属していたころだろうか。ぼそぼそと呟かれている言葉からは、どうやら後者であることを知らせた。
 あまりにも苦しげな様子は見るに堪えない。肺に肋骨が突き刺さったのであれば、その上治療もかなわないのであれば、もう、酸欠で苦しみに苦しんで死ぬしかない。目を背けていた事実を見据え、マルコは決断した。手を後ろに控えていた船員に差し出す。隊長が差し出した手の意味を悟り、一人がその手の上に銃を乗せた。マルコは撃鉄を起こす。冷たく、重い。ひゅうとかすれた呼吸音からは苦悶の表情が産まれている。
 マルコは銃口をゆっくりとヴィグに向け、固定する。引き金を引けば、撃鉄は火薬に火を付け、銃弾を弾き飛ばしてヴィグの命を散らすことだろう。続く苦しみと、一瞬で終わる苦しみ。どちらをとるかなど、マルコは一つしかその答えを知らなかった。引き金にかかった指先にほんの少し力がこもる。
 だが、指先の動きは止まる。虚ろな瞳が焦点を持ち、優しげな色を湛えて向けられる。
「そんな、コエする、な、まるこ…ありが、と…な…それから、わりぃ、お前に、こんなこと、おしつけ、て…でも、ああ、くる、しぃ…だ…ッげ、ぉひゅ…ッ」
 吐血で濡れていたヴィグの手が、マルコの手首にかかっていた。ヴィグの手は誘うようにマルコの手を自身へと近づけ、外さぬように額にその銃口をぴったりと付けさせる。かすんだ瞳の向こうで、今にも泣きそうな友の顔が、ヴィグの目に映った。
 ごめんな、マルコ。
 唇の動きで、マルコはヴィグの言葉を知る。目の奥が熱い。ひりひりと焼けそうな痛みを鎮めるために、涙腺が刺激される。だが涙はこぼさない。小さく、友の最期に笑みを向けてやった。仲間の笑顔が、誰よりも好きな男だった。まぁ笑え、とそれが口癖のような男でもあった。不思議とその笑みを見ると、悲しみも少しずつ薄れて行った。
 今度は自分の番である。マルコは引き攣れた笑みをその顔に乗せた。
「人のコエを聞くのは、止せやい。馬鹿野郎」
 震える唇を噛み伏せ、マルコは一瞬だけ浮上し直したヴィグに無理矢理笑顔で耐えた。口元を真赤に汚した男が目を細め、ヘタクソと微笑んだ。そして、マルコは引き金を引いた。冷たく重い撃鉄が、雷管を叩いて火薬に火をつける。一発の乾いた銃声が響いた。口からではなく、頭から溢れだした血が、とめどなくシーツを染め上げた。先に染められていた赤を上塗りしながら、吸いきれなかった血が床に布を伝いながら落ちる。それは、床に広がり、デザインの綺麗なサンダルの底に触れ、横にずれながら流れた。
 がたん、とマルコの掌から銃が落ちる。
「ばか…っ、ばかやろぉ…ッ!!!!最期の、最期まで…ッ!人の、心配なんか、してんじゃ、ねぇ…よい…ッ」
 ぼたぼたと堪え切れなくなった涙が骸に零れた。唇が震え、声が溢れる。ぼろぼろと涙が堰を切った。隊長なのだから、今は皆の支えでなければならないのだから。そう思えば思う程、そう思って、立ち上がろうとした膝は血だまりに落ちた。堪えようとした涙は止まらず、床にこぼれた血と混じっていく。他の船員や船医はマルコの心情を汲み取って、既にその場には居なかった。顔を覆った指の間から、しょっぱい水があふれ出す。泣いていたら、泣くなよと声を掛けてくれるのを待っているかのように、マルコは嗚咽を零す。しかし、そんな事はありはしない。死者は生き返らない。生者に声を掛けない。
 マルコは反動で薄く開いていたヴィグの瞼を片手で閉じさせた。あれほどの苦痛を伴っていたにも関わらず、まるで眠るようにヴィグの顔は安らかだった。もしも、彼がこれ以上の苦痛を味わわずに済んだのであれば、マルコはそう思って涙を袖で拭いとった。握り返されていた手の力は、もう入っておらず、その手をそっとシーツの上に返した。
 マルコは思い出す。笑いあった日々を。喧嘩した日々を。楽しかった日々を。友との日々を、振り返る。温もりがどんどんと冷え、体は死体へと変わっていく。マルコ、と背中に掛けられた声に膝をつけていたマルコはゆっくりと立ち上がった。そして、すでに死後硬直が始まっているヴィグの体をシーツで包んで肩に担ぐ。体に力が入っていないので、それは大層重たく感じた。
 少し離れていたと所に立っていた仲間がまるでアーチを作るように割れる。死んだ仲間へ、視線が向けられる。甲板にマルコは上がり、ちょっと行ってくるよいと一言伝えてから、その体に青い焔を纏わせ、人の体を鳥の体へと変化させると二本の脚でシーツを器用に持ち、ヴィグの体を持ち上げ、空へと飛んだ。大空へと、飛ぶ。
 彼は生前言っていた。ミトのヤッカの乗り心地は最高なんだと。船から見る海もいいけれど、空から眺める海も綺麗だと。島が見えなくなる程に飛び、マルコは海を見た。底が見えない程に深い。ゆっくりと高度を下げ、ぽたりと血を滴らせているシーツを海面につけると、そっと爪を放した。人の体は海には浮かず、ずぷんと体は海に飲み込まれた。沈む。沈んだ死体はその流れに乗せられ、大海原へと運ばれ、やがて海に還ることだろう。
「…迷子に、なるんじゃねぇよい」
 ヴィグ。
 マルコは海に逝った友の名を、小さく呟いた。

 

 どうした?と掛けられた声を無視して、ミトは珍しく開けられたままの窓ガラスへと視線を注ぐ。
 誰かに、呼ばれたような気がした。誰かの声がしたような気がした。酷く懐かしい声だった様な気がしたが、そんな声は、ここに聞こえるはずも届くはずもない。
 目障りな桃色を視界から外しながら、ミトは思う。ここを出たらしたいことが沢山あると。まずはクロコダイルに会って、一発殴る。この海賊めと笑ってやる。それから、海に飛び込む。体一杯に海を感じる。海賊として生きる。やりたいように、自由に。誰にも何にも縛られずに、海を行く。そして、
 ヴィグに会いに行く。
 家族に、会いに行く。ずっと言えなかった言葉を伝えに行く。家族と言う支えが復讐の邪魔になるのを知って疎遠にしていた日々。かつての海賊団の仲間であり、家族である彼に会いに行く。そして、昔を語らい合おう。船長や副船長の、家族の話をしよう。沢山沢山しよう。楽しかったころの、彼らが生きていたころの話を沢山しよう。思い出を語り合おう。それに、今まで御免と謝ろう。そして有難うと礼を言おう。抱きついて、ただいまと言おう。
 家族に。大切な、家族に。かけがえの無い、たった一人の家族に。
 窓から吹き抜けた風が肌をなでて行く。透明なガラスの向こうにめい一杯に広がる海を眺めながら、ミトは微笑んだ。
 チビチビと連発され、臍を曲げてマストに登って降りてこなくなった時、ヴィグはどうにかこうにかで上がって、降りてこいよと謝った。空を見て、笑って。お前は結構ちっぽけだけれど、空から見れば、おれも十分にチビだよなァと。
「もう、お前より大きいけれど」
 あの時の仕返しに、今度はこちらからチビチビと言ってやろうかとミトは小さく断続的に笑いながら、肩を揺らす。
 空は全く、どこまでも青かった。