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退屈と無関心で人は殺せるなどという。
その話を聞いた時にまず思ったのは、暴力の方が手っ取り早いということだ。退屈と無関心などというもので人が死ぬのを待つよりかは、首の骨を折るか剣で心臓を貫いた方が余程時間もかからず手早く済む。
そういう話ではないと、愛猫は鳴く。
喉を指先で擦れば機嫌を損ねたのか、尾を立てて、鍵のかかっていない扉を押して部屋から出ていってしまった。
手から滴る赤は鮮烈で、足元に横たわるくすんだ緑との対比によって、より一層の生々しい印象を与えている。
黒の体にぴたりと沿った布は引き裂かれ、筋肉質な腹部には破損し、先の鋭い木板が突き立っていた。そこから、まるで綱のように、節のある赤が、臓物が男の手に収まっていた。
少し離れたところで別のサバイバーを仕留めたハンターに向かって、赤い綱を持つハンターは手を上げてみせる。
「リッパー」
楽しげな声が、苦痛に満ちた呻き声など人の話し声と同等とばかりにもう一人のハンターへと届く。
呼びかけられたもう一人は、ダウンさせたサバイバーを椅子に座らせてから、自身を呼んだハンターのもとへと歩き近寄る。そして、現状、正しくは惨状を認めて、その白い仮面の下で顔を顰めた。
「言ったじゃないですか。私、男のは興味ないんですって。興奮しません」
「そうか?だが俺も言ったろう。男のものも好ましい、と」
「というか、必要以上の加害行為はペナルティが与えられますよ。あなた」
呆れたリッパーの言葉に、范将軍は血で染まった左手を眺めながら、引き摺り出した脈打つ腸を見下ろす。それは、未だ木板によって開けられた穴から繋がったままである。
「必要以上。必要以上か。ううん、だが、ほら、まだこの男は呻いている。必要以上とは言えまい」
「頑強のせいでしょうに。生きていればいいってものじゃないんですよ」
「経験者は語る、ということでそれはいいか?」
三日月に歪んだ白に近い金の瞳にリッパーは、肩をすくめてみせた。無言は肯定である。
「ぁ、お」
「ああほら見ろ。まだ元気だ」
朝食のメニューを告げるがごとき平常心で笑って続ける男に、さしものリッパーも嫌悪感を隠しきれずに二歩ほど下がる。
そして黒に金縁の飾りが施された靴の足元で呻き痙攣するサバイバーへ、哀れみの視線を向けた。
可哀想に、頑強という特殊な性質のせいで、未だ男は意識が飛ぶほどの痛みの中で喘いでいる。
「狂ってますね。ほらほら、ナワーブ・サベダー。さっさと投降を皆に勧めたほうが懸命ですよ。今日の黒無常は良くない男だ」
まだサバイバーは後二人残っており、協力狩りのゲームとしてのハンターの勝利は確定している。
暗号機は残り二台。二つの暗号機の揺れは確認していたが、暗号機が二つ上がっても、足元で悶絶する男に救いはなく、むしろ中直りで起き上がったところで、地獄は見えている。
リッパーは慈悲深さとは縁遠い男である。
女の臓腑を引き裂き、薄汚れた子宮を刳り貫く瞬間は、矛盾した身悶えるほどの悦びに射精欲にすら襲われる。
しかし、そこになんの意味もないのかと言わればそうではない。
それは違うとリッパーは断固として否定できた。
なんとなく、女を穢らわしいと思っている。否。
なんとなく、女の胎を切り裂き引き摺り出したいと感じている。否。
なんとなく、恐怖に怯え背を向け逃げる女に興奮する。否。
決して、リッパーは、そのような根拠のない感情に振り回されているわけではない。確固たる自我のもと、そうすることに、興奮するのである。
左手の刃を擦り合わせながら、リッパーは仄暗い瞳の奥を歪ませる。
だからこそ、リッパーは東風遙の黒無常の、形の見えない、ただなんとなく、そうしたかったから腸を引き摺り出したのだと言わんばかりの態度を理解できないものだと感じていた。
そこに確固たるものはなく、ただ気持ちが悪い。
「投降しなさい、ナワーブ・サベダー。まあ、貴方と同じ痛みを味わう人間をもう一人増やしたいなら、私の助言に従うことはありませんが。私も二人同時には追えませんからね」
ゆっくりと上から告げた言葉は、呼吸の浅い男に届いているかどうか分からない。
リッパーの言葉に、范将軍は小首を傾げた。可愛くない。
「一人?お前もどうだ?片方は女だ。なに。俺とお前の仲ではないか。女はお前に譲ってやろう」
「人に言われてするものでもないんですよねえ。だいたい貴方との仲ってなんですか。ああ嫌だ」
「虎と共に腹を割って、互いの好ましいものについて語り合ったではないか」
とんでもないことを言う。
リッパーが反射的に言い返そうとした瞬間、サバイバーからの投降が知らされた。仲間思いの傭兵は懸命は判断をしたようだった。
リッパーはうんざりしながら肩を落とした。